1976年大阪府堺市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後,野村證券(株)に入社。富裕層向け資産管理業務に14年間従事した後,2014年,突然の長兄他界を機に千房(株)へ入社。’18年代表取締役社長に就任。同社経営の傍ら篤志面接委員として受刑者の改善更生に尽力。公職として日本フードサービス協会副会長,道頓堀商店会副会長,日本飲食団体連合会理事などを歴任。
私は1976年生まれ,千房は1973年創業です。私の父と母,従業員の5名が大阪・千日前で始めました。私は3人兄弟の末っ子で,幼少期から社員旅行や忘年会などに参加していました。家族同然の従業員と一緒に私も育ってきたのです。
私は千房を継ぐつもりはありませんでした。兄である長男が後継に決まっており,私は東京の大学を卒業して証券会社に就職,東京で家庭を築いていました。ところが12年前,父から突然呼び戻されました。兄が病気になり,父から「継いでくれへんか」と言われたのです。私は二つ返事で引き受けると答えました。背景には,子どもの頃から父に言われ続けた言葉がありました。
「誰のおかげで飯を食べてこられたか分かっているか。俺ではないぞ。全て千房の従業員のおかげや」。私はそう聞いて育ちました。会社と従業員が困っているのであれば後を継ぐのは当然だと思ったのです。千房へ入社し,その後社長に就任しました。千房は現在,国内外合わせて63店舗,うち海外には9店舗を構えています。
日本の飲食店が外食産業として発展した「元年」は大阪万博のあった1970年です。万博を通じてファストフードやファミリーレストランが紹介され,アメリカ型のチェーンマネジメントやセントラルキッチンが導入されました。水商売と見られていた飲食業が産業として確立していく契機が70年万博だったのです。
その70年万博から55年後,再び大阪・関西万博が開催されることになりました。大阪外食産業協会の会長を務めていた私はパビリオンを出展したいと考え,最終的に「ORA外食パビリオン『宴~UTAGE~』」を出展できました。
出展した最大の理由は日本の食文化を世界へ発信するためです。70年万博で多くの海外の食文化が日本に入りました。日本人はそれを単にまねするのではなく,自分たちで工夫し,新しい価値として発展させてきました。ラーメンやカレーライスなどが代表例です。海外から学んだ食文化に対する恩返しとして,日本の食を世界へ発信したいと考えました。私たちのパビリオンには民間パビリオンのなかではトップの220万人にご来館いただきました。
今回の万博が外食産業にもたらした最大の変化は,「価格競争から価値競争への転換」だと考えています。日本食は海外の方々にすごく人気があり,食の国際化もさらに進みました。今後の外食産業は,インバウンド,アウトバウンドの双方で国際化を進めなければ生き残ることが難しくなるでしょう。大阪はインバウンドによって活気を見せています。街のカオスな状況と人情が海外の観光客に支持され年間約1,600万人の外国人が来阪します。
今後の飲食業は単に価格で選ばれる時代ではありません。どのような価値や体験を提供できるかが問われます。その体験価値を生み出すのは「人」です。
千房の人材育成についてお話しします。創業時から「すべては人である」という考えを大切にしてきました。私が胸につけている千房のバッジの中央にも「人」という文字を据えています。何より人がすべてであるという思いを表したものです。
千房の社訓は「出逢いは己の羅針盤。小さな心のふれあいに己を賭けよう。そこから己の路が照らされる」というものです。人との出会いを大切にし,その出会いに真剣に向き合うことで,自らの道が開けていくという意味が込められています。経営理念である「マナアの心」は,「真心」「仲間」「味」の頭文字を取ったものであり,仲間を信頼するファミリーの心を大切にしています。最も重視しているのはこれらの理念とビジョンの共有です。理念や社訓は全従業員が朝礼で唱和し,共有しています。
元受刑者の雇用についてもお話しします。
千房が創業した1973年はオイルショックのただ中でした。お客様も少なく従業員も集まりませんでした。父は,「過去は一切問わない。学歴・職歴・身元保証人も問わない」という方針で募集を始めました。人は集まりましたが,大体皆やんちゃくれみたいな人ばっかりでした。
ある日,父が社員寮でアルバムを見たところ,特攻服を着て改造バイクにまたがった人の写真を見つけました。「これ,君の友達かいな」と尋ねると,「それは僕です。実は鑑別所に入っていたんです」と答えたそうです。父はそのとき初めて過去を知りましたが,「かまへん,かまへん。一緒に頑張っていこうや」と受け入れました。
そうした人たちは,やがて主任や店長となり,現在ではフランチャイズオーナーとして活躍している人もいます。私は12年前に事業を引き継いだ際,この取り組みは続けようと決めました。千房の人材育成の根幹がここにあると考えているからです。
一番の目的は再犯防止です。出所者が再び罪を犯してしまう背景には,住む場所や仕事がないという現実があります。そのため,私たちは「人生を本気でやり直したい」と考える人だけを採用し,仕事を提供します。
人間は「反省」は一人でできても,「更生」は一人でできません。周りが支えないと絶対に更生はできないのです。「自分と未来を変えよう」という思いを持つ人は,どんどん雇おうと思っています。私はよく,「ありがとう」の反対は何かと尋ねます。答えは「当たり前」です。当たり前だと思った瞬間に感謝はなくなります。当たり前と思わず,支えてくれる周囲への感謝を忘れてはならないと伝えています。
私は証券会社に勤めていましたが,今では飲食業の素晴らしさを実感しています。食を通じてお客様も従業員も関係者も幸せになることができます。お客様から「おいしかった。また来るね」と声をかけていただき,従業員が「ありがとうございます」とお返しする。感謝の循環こそが飲食業の魅力です。
(スライドと共に)