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2026年4月17日(金)第5,002回 例会

リアルワールドデータとAIがつくる新しい医学・医療のかたち

北 風  政 史 氏

医療法人錦秀会 理事
阪和病院・阪和記念病院 総長
北 風  政 史 

1981年大阪大学医学部を卒業。’85年大阪大学医学部博士課程を終了後,’86年米国Johns Hopkins Universityへ留学。’97年大阪大学医学部助手を経て2001年国立循環器病センター心臓血管内科部長就任。’20年阪和第二泉北病院院長,同年大阪大学医学系研究科招へい教授就任,’22年阪和病院・阪和記念病院統括院長・総長,’23 年大阪公立大学科特任教授となる。

 日本の医療における喫緊の課題は,悪性腫瘍,脳・心血管疾患,高齢による老衰・認知症です。この大問題に,いかにアプローチするか。いにしえから考えてみると,医学は祈り,呪術,経験則から始まりました。日本でも加持祈祷,陰陽師,漢方などが重要な役割を果たしましたが,江戸時代後期になって蘭学,解剖,種痘が導入され,科学に基づく医学・医療になりました。誰がやっても同じ結果になる再現性,標準化,説明責任を社会が求めたとき,医学・医療は科学的な方法を選んだわけです。その科学の様式には,観察科学と実験科学があります。観察科学は臨床医学,実験科学は基礎医学です。医学・医療は,何をターゲットにするかを探るために,病気を正確に観察する観察科学から始まりました。
 国立循環器病研究センターで経験した拡張型心筋症で心不全になった症例です。心臓移植後,取り出した心臓を輪切りにした画像を染色すると,ほとんどの心筋細胞が死んでいるのが分かります。諸家の研究から,心不全では,心筋細胞の壊死と同時に,血液中にアルドステロンという物質が増えることが分かる,これが観察科学です。アルドステロンを投与すると心筋細胞が死んでいく,これが実験科学です。次に医学研究はアルドステロンをブロックする薬を創り,臨床研究・治験で効果を統計的に立証して,心不全の新しい治療方法,つまり医療になるわけです。

「平均値の医療」から「個人別医療」へ

 ところが,アルドステロンをブロックする薬を投与している人でも,20%ぐらいの人は命を失う。逆に,投与しなくても命を失わない場合もある。平均すると効く,統計的に効く確率が高いということしか言えない。
 一方,WEB広告などでは,趣味嗜好,年齢,クリック履歴などで「私」に合ったものが出てきます。自動運転の車なども個人の技能や道路事情に応じて,最適化された状況を作り出します。つまり医学以外の科学は,その実用産物として一人一人に合った事案を提案してくれるのに,医学だけは平均的な治療方法しか提案できない。例えば,「私が一番長生きできる最適な血圧は?」と問われても,答えがないのが20世紀の「平均値の医療」です。しかし,21世紀は「個人別医療」,いわゆる「Precision Medicine」(精密医療)に進化する転換点にいます。オバマ元米大統領が言い出した言葉で「Personalized Medicine」(個別化医療)とも言います。各個人に合ったベストな医療の提供を目指しているのです。
 そのヒントはリアルワールドデータ(ビッグデータ)とスーパーコンピューターです。検索に数年かかっていたことがコンマ数秒で解析できます。例えば,CTの画像を見て,コンマ1秒か2秒で今までの画像を全部検索して,「ここが正常画像と比べておかしい。ここに異常陰影がある」とAIが指摘します。
 また,通常の医学研究では見えないものが,新しい数学を使って見えるようになってきています。例えば,1万人の心不全の患者について「どんな薬を投与すると良くなっているか?」をデータマイニング(大量データから隠れた法則を見つける技術)で解析すると,β遮断薬,ACE阻害薬といった既知の薬剤のほか,新規の薬剤としてヒスタミンH2受容体拮抗薬が出てくる。これは胃の薬(商品名「ガスターⓇ」)が心不全に良いという新しい発見でした。米経済誌フォーブスに「北風政史医師らがビッグデータを使って発見した」という記事が掲載されました。ビッグデータの解析で,今まで見えなかったものが浮き彫りになり,新しい発見につながるのです。

病気の発症予測

 もう1つ大事な点は,将来の病気の発症予測です。現在,われわれは過去20年間1,000万人のビッグデータを共有しています。データマイニングなどでアルゴリズム(手順書)を作り,現在のデータを入れると,将来どんな病気になるか分かる可能性がある。天気予報と同じ原理です。例えば,血圧が高い人は心不全を起こしやすいという当たり前の結果が出てきますが,血圧が80から140と正常の人でも,60歳を超えていて尿糖が出ている人は心不全を起こしやすい。つまり,血圧が低いから安心できない。他の因子が重なると心不全を起こすことが分かるのです。このファクターを持てば持つほど心不全の発症率が高くなる。いくつこれらの因子を持っているかが分かれば,「5年後,10年後のその病気の発症確率は何パーセント」と言えるのです。
 それを社会実装するために株式会社LAiF(ライフ)を立ち上げました。現在,特許申請中の「AI疾病発症予測システム」は,生活習慣病,脳・血管疾患,がん,うつ病などについて予測が可能です。万博に展示した「健康タイムマシンⓇ」の登場です。高度人間ドックとAI疾病発症予測システムのデータを基に,会員の健康を守る「健康医療コンシェルジュ」も稼働しています。病気は生活習慣と遺伝子の組み合わせで起こるので,遺伝子を調べて,どんな病気になりやすいかを見る疾病発症予測も提供します。
 医療法人錦秀会ではゲノムセンター・AI/DXセンターも作りました。本年度から遺伝子情報を用いた疾病発症予測も行います。生活習慣と遺伝子を用いたトータルな予測で,かなりの確率で心筋梗塞になりやすいと分かったら,生活習慣を変える。悪玉コレステロールの正常値は140mg/dL未満ですが,それを70,60,50に下げなさいとアドバイスできる。遺伝子的には安心だと分かれば,普通どおり140でいいと言える。つまり「Precision Medicine」につながっていくわけです。
 医学・医療は,自然科学,応用科学である以上,再現性を担保する数式で表されるべき。ただ,医学・医療が扱う生体は非常に複雑なので,数式で表すには高度な数学,医療ビッグデータ,医学者と工学者・数学者の連携が必須です。つまり医学・医療が新しい数学に基づく科学であるAIを積極的に導入する時代が到来しつつあります。このためには大学やすべての医療機関が一致協力して,精度の高い大きなデータを取る努力が大事です。
(スライドとともに)