1950年東京生まれ。大学卒業後,編集者,ライターとして働く。’96年,障害者ゴルフを取材したことをきっかけに日本障害者ゴルフ協会をボランティアとして手伝う。’97年日本障害者ゴルフ協会事務局長。2021年代表理事に就任。’25年3月日本パラスポーツ協会より特別功労賞を受賞。’26年6月に米国「AdaptiveGolfHallofFame(アダプティブゴルフ殿堂)」にて,日本人初アジア人唯一の殿堂入りを果たす。
1996年から約30年にわたり,ボランティアとして障害者ゴルフに関わってきました。本日は,障害者ゴルフについて皆様のご理解を深めていただければと思います。ご存じない方も,本日の話をきっかけに関心を持っていただければ幸いです。
まず障害者ゴルファーのプレーをご覧いただきます。映像に登場するのは日本のトッププレーヤー,吉田隼人です。PGA(日本プロゴルフ協会)のライセンスを持つインストラクターで,平均飛距離は約270ヤードです。片足でプレーしてこれだけの飛距離を出します。車椅子を利用するプレーヤーもいます。大学時代にゴルフ部に所属していましたが,交通事故で車椅子生活となった方です。この選手は誰の手も借りることなくティーとボールを準備し,カートを90度回転させてショットを
打ちます。その飛距離はおよそ180ヤードです。
ゴルファーの障害内容はさまざまです。事故や病気による手足の切断,脳卒中などによる片麻痺,脊髄損傷,先天的障害,脳性麻痺による障害のある方々が活動しています。トップクラスの選手は1ラウンドを70台で回ります。会員のうち3名はPGAライセンスを取得し,インストラクターとして活動しています。80台で回る上級者のほか,アベレージゴルファーは90から110程度です。
公式競技は2日間36ホールで争われる大会で年4回開催します。このほか毎年アメリカ,イギリスなどへ選手を派遣しています。USGA(全米ゴルフ協会)が主催するアダプティブオープンや,R&A(英国ゴルフ協会)が主催するG4DOpen(障害者ゴルフオープン)に日本代表が出場しています。関東・中部・関西の各地区で月例会やレッスンを開催しています。登録会員数は約500名です。
大きな課題は障害者ゴルフに理解のあるゴルフ場が少ないことです。障害者ゴルフでは乗用カートによるフェアウェー走行が必要です。車椅子カートがグリーン上に入る場合もあります。車椅子カートは特殊なタイヤを使用しているためグリーンを傷つけることはありませんが,「グリーンが傷つくのではないか」といった懸念から受け入れに慎重なゴルフ場が少なくありません。
もう一つの課題は,多くのゴルフ場に障害者ゴルファーを受け入れた経験がないことです。そのため「対応が分からない」という声があります。しかし障害者ゴルフについてもう少し知っていただければ,受け入れてくれるゴルフ場も増えるのではないかと考えています。
課題を克服するためには,各地のゴルフ場で大会や月例会を開催し,ゴルフ場関係者の皆様に障害者ゴルフを実際に見ていただき,理解を深めていただくことが重要です。プロツアーのプロアマ大会に障害者ゴルファーを招待していただく機会もありました。福岡県の麻生飯塚ゴルフ倶楽部で開催された「ASO飯塚チャレンジドゴルフトーナメント」では,2年間にわたり,障害者ゴルファー20名がプロと一緒にラウンドする機会をいただきました。こうした取り組みによってメディアへの露出が増え,障害者ゴルフへの理解を深めていただくことができます。
活動資金の不足も課題です。大会への助成金やスポンサーからのご支援はいただいておりますが,事務局の運営費については十分とは言えません。
私は福祉関係の新聞記者として活動していました。1996年,障害者ゴルフ協会を取材したのが活動に関わるきっかけです。当時は障害者ゴルファーを受け入れるゴルフ場がほとんどなく,大会は河川敷のコースを利用するほかありませんでした。上司と取材に行ったところ,当時の協会代表者が多忙で事務作業が滞っていることが分かりました。そこで上司が「私たちで事務局を引き受けよう」と提案し,私も成り行きで事務を担当することになりました。
大会当日,車椅子を使う選手がいました。私は「どのようにボールを打つのだろうか」と思いながら見ていました。しかし,その選手が放ったショットは100ヤード以上飛び,見事な弾道を描きました。その光景を見たとき,「これほど重い障害があっても,このような球を打つことができるのか」と感動したことを覚えています。
その後上司が協会の代表となり,私は事務局長として活動を続けることになりました。本業もあり「報酬もないのだから,やめてしまおうか」と考えたこともあります。しかし,障害者ゴルファーの皆さんと一緒にプレーすることが楽しくなりました。皆さん障害があっても負けることなく,前向きにゴルフに取り組んでいました。
私は選手たちの打つボールの軌道を見ることが楽しみになりました。私が皆さんを支えているつもりでいても,実際には私が元気をいただいていたのだと思います。これが活動を続けてこられた原動力です。
今年,アメリカから連絡があり,「AdaptiveGolfHallofFame」(アダプティブゴルフ殿堂)の候補者に選ばれたことを知らされました。その後,世界で障害者ゴルフに貢献した18名の一人として選出され,アジア人として,また日本人として初めて殿堂入りすることができました。
最近特に感動したプレーヤーをご紹介します。イギリスの方で先天的に腕の肘から先がありません。しかし工夫を重ねて,ボールをセットし,クラブを腕で挟むようにしてショットを打ちます。飛距離は約240ヤードで,スコアも80台でラウンドするほどの実力があります。
その方へのインタビューが印象的でした。私は「ゴルフが人生のすべてです」というようなお話をされるのではないかと思っていました。しかし実際には「ゴルフは楽しいですが,私が最も大切にしているのは家族と妻です」と答えていました。その言葉に温かさを感じ,あらためて深い感動を覚えました。
皆様に障害者ゴルフへの理解を少しでも深めていただけましたら幸いです。本日はこのような機会をいただき,本当にありがとうございました。
(スライド・動画とともに)