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2026年6月19日(金)第5,010回 例会

睡眠の謎に挑む~健やかな睡眠から始まるウェルネス~

柳 沢  正 史 氏

国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)
機構長・教授
柳 沢  正 史 

1988年筑波大学医学博士課程修了。’91年31歳で渡米し,24年間にわたりテキサス大学とハワードヒューズ医学研究所で研究室を主宰。2012年より筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)機構長を務める。1989年血管収縮因子「エンドセリン」,’99年に脳内の覚醒物質「オレキシン」を発見。2023年ブレークスルー賞,クラリベイト引用栄誉賞など受賞多数。



 今世紀に入った頃から哺乳動物以外の魚,昆虫,線虫も眠ることが論文で報告され,脳を持つ生き物は全て眠るということになりました。ところが2017年にクラゲも眠ることが分かったのは衝撃的でした。脳を持っていないからです。つまり,睡眠というのは脳より先に発明された,全ての動物にとって根源的な行動なのです。よく「睡眠は脳の休息」と説明されますが,実は眠っている間も脳は働き続けています。ただ,起きている間とはモードが違い,コンピューターに例えると,オフライン状態でメンテをしている。なぜオフラインなのかは明解な答えがありません。
 若者の健やかな睡眠は,覚醒から最初のノンレム睡眠に入ります。ノンレム睡眠には深さがあって,第1段階,第2段階,第3段階の後に最も深い睡眠がきます。この間に成長ホルモンが出るので,「寝る子は育つ」というのは本当です。やがてレム睡眠に切り替わります。鮮明な夢を見るレム睡眠は,浅い睡眠と思われがちですが,決してそうではなく,ノンレム睡眠とは種類が違う深い睡眠です。このサイクルを繰り返して朝になります。前半はノンレム睡眠が多く,後半はレム睡眠が増えます。最初の3時間の深睡眠は大事ですが,実はここ15年くらいで後半のレム睡眠も大事だと分かりました。一晩の睡眠は全部大事で「ゴールデンタイム」などないのです。

子供の寝不足は社会問題

 睡眠不足を定義すると「その人にとって必要十分な睡眠量を確保しない生活習慣」となります。必要十分な睡眠量には,プラスマイナス1時間くらいの個人差があります。同じ個人でも20代と70代では2時間程度の差があります。日本人は中高生か,小学校高学年ぐらいから,ほとんどの子供が寝不足です。必要な睡眠時間(中学生9時間,高校生8.5時間が目安)を取っている中高生がどれだけいるのか。中高生のとき寝不足だから,大人になってもそれが普通になってしまう。これは根の深い社会問題だと思います。
 子供の睡眠不足に関する東北大学の有名な論文があります。子供約300人の脳のMRI画像を撮って,記憶装置である海馬の容積を算出したところ,寝不足の子は海馬が小さく,よく寝ている子ほど海馬が大きい傾向があることが分かりました。朝日学生新聞の調査では,中学受験した小学生のうち,寝不足の子は第1志望に落ち,十分に寝ている子は受かることが多い。つまり「四当五落」ではなく,「八落九当」が正しい。受験生には眠ってほしいということです。

脳のパフォーマンス低下

 日本人はおしなべて睡眠不足,少なくとも働き世代は睡眠不足です。興味深いデータがあります。各国の国民の平均睡眠時間を縦軸に,国民一人当たりのGDPを横軸に取ったグラフの分布を見ると,経済的生産性の高い国ほどよく眠っている傾向があります。「寝る間も惜しんで頑張る」という日本の美徳はナンセンスなのです。慶応大学の山本勲教授が日本の上場企業700数十社を対象に行った調査でも,従業員が良く眠っている企業の方が経常利益率が良いというデータが出ています。
 日本はヨーロッパの平均値に比べて1時間ぐらい睡眠不足です。睡眠不足で脳のパフォーマンスはどんどん悪くなります。例えば,1日4時間睡眠を5日続けると徹夜と同じくらいになり,2週間続けると三日三晩寝ていないのと同じくらいになってしまう。ところが,慢性的な寝不足は自覚を伴わず,いつの間にか脳のパフォーマンスが悪くなってしまう怖い状態なのです。感情のコントロールも難しくなり,利他的な行為ができなくなる。「嫌な奴」になってしまうわけです。

疾病,メタボ,認知症のリスク

 睡眠障害があると,生活習慣病や加齢関連疾患のリスクが上がります。睡眠不足は免疫力を低下させるので,感染症にかかりやすくなるほか,太りやすくなります。4時間睡眠を続けると,2週間で摂取カロリー,体重が増え,内臓脂肪も11%も増えるという臨床試験の結果があります。
 また,50代,60代で睡眠時間の少ない人は,その後,認知症になるリスクが2~3倍高くなるというデータもあります。脳内にタンパク質「アミロイドベータ」が溜まると,アルツハイマー型の認知症になる。健常な人でも徹夜するとアミロイドベータの負荷がほぼ全員で上がります。普段から寝不足の人はベースラインでの負荷が高い傾向にあるという怖い結果も出ています。
 睡眠中に息が止まる睡眠時無呼吸の潜在患者数は日本国内だけで2,200万人で,そのうち治療を受けているのは50万~60万人と言われています。私どもは「株式会社S‘UIMIN」を立ち上げ,使い捨ての印刷電極を貼って寝るだけで,自宅で睡眠脳波を測定できる検査サービスを実用化しました。
 約500人の1,500晩ぐらいの検査データと詳しい問診を比べたところ,自覚している睡眠時間や睡眠の質は当てにならないことが分かりました。例えば,十分な睡眠時間を確保できていると思っている人の半分近くが無自覚な睡眠不足だったり,逆に,眠れないと訴える人の脳波を測ると,深睡眠もレム睡眠もしっかり取れていたり。自分は良く眠れている,睡眠の質に満足しているという人の中にも,睡眠時無呼吸の方がたくさんいます。
 4分に1回以上,1時間に15回以上,息が止まる中等症以上の睡眠時無呼吸で,治療を受けた方が良いレベルの人が,6人に1人ぐらいいますが,全く自覚症状がありません。重症の人は1時間に50回,ほぼ1分に1回息が止まり,血中の酸素飽和度が70%ぐらいまで低下し,まさに「命がけで眠っている」状態です。重症の睡眠時無呼吸を放っておくと,15年くらいの間に約4割の人が命を落とします。最も多いのは脳卒中で,次いで心筋梗塞,致命的な不整脈,大動脈解離などです。睡眠時無呼吸は年齢とともに頻度が上がり,年を取ると女性も増えます。いびきがうるさい,息が止まっていると言われた方は,ぜひ検査を受けていただきたいと思います。
 (スライドとともに)