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2026年6月12日(金)第5,009回 例会

ワーキングケアラー300万人時代の仕事と介護の両立支援

紀 伊  信 之 氏

株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門
高齢社会イノベーショングループ 部長/プリンシパル
紀 伊  信 之 

1999年京都大学経済学部卒業後,(株)日本総合研究所へ入社。在職中に,神戸大学にてMBAを取得。民間企業向けの新規事業開発等のコンサルティングを経て,高齢者・介護分野の調査・コンサルティングに従事。内閣府規制改革推進会議「健康・医療・介護WG」専門委員等を務める。著書に「超高齢社会に挑む希望のシニアビジネス:4,000万人マーケットをチャンスに変える戦略論」



 きょうのテーマ「仕事と介護の両立」は,福利厚生の問題というよりも,今や経営課題,人事上の大きなテーマだと思います。介護をしながら仕事をしている人が非常に増えており,2030年には318万人に達すると言われています。
 10年ほど前,当時の安倍政権が「介護離職ゼロ」を目指して,しっかり介護の体制を作り,離職を防止していこうという動きがありました。当時から介護で仕事をやめる人は年間約10万人で,この10年ほど変わっていません。一方,離職には至らないが,仕事をしながら家族の介護に関わっている人は300万人弱います。介護休業,介護休暇をあまり使わず,有休でやりくりして,何とか介護をしている人が離職の約30倍もいるのです。

経済損失9兆円

 仕事と介護の両立による経済損失を試算したところ,年間約9兆円に上ることが分かりました。両立による損失が約8兆円,離職による損失が約1兆円。つまり離職で労働力が減ることよりも,働きながら介護をすることで生産性が落ちることが大きいのです。
 実際にアンケートを取ってみると,ワーキングケアラーの約3割が「仕事のパフォーマンスが低下している」と回答しており,最大の悩みなのです。介護に直面する人は50代が中心です。幹部として組織の中核を担う人材のパフォーマンスが落ちるのは,経営へのインパクトが非常に大きく,代替もきかないので,仕事と介護を両立できる環境づくりが不可欠になります。

「介助」より「マネジメント」

 介護とよく比較される育児は,「育児介護休業法」の改正などで,かなり状況が変わってきたと思います。男性の育休取得は珍しくなくなり,待機児童も減ったので,仕事と育児を両立する環境が整ってきた。では,育児支援の延長で従業員の介護との両立を支えられるかというと,支えきれません。子育てと違って,介護は突然始まり,いつまで続くか見通しにくく,平均4年7カ月と言われます。職場で言いづらく,会社としても把握しづらい点も育児とは違います。
 介護は突然,働く人の日常を一変させます。例えば,親が脳梗塞で倒れた場合,入院対応,退院支援,介護認定,家族内の調整などを抱え込みやすい。自分が介助する側に回ってしまい,入浴,排泄,食事などを毎日やっていたら,仕事との両立は無理です。そこをしっかりプロに任せながら介護が回る支援体制を整えるマネジメントが重要なのです。
 日本の介護保険サービスは,諸外国と比べてもかなり充実しています。日中はデイサービスがあり,訪問のヘルパーも来てくれる。特別養護老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅などの選択肢がある。公的サービスを組み合わせてマネジメントすることが,仕事をしながら介護をする人には大事なのです。
 ただ,介護保険サービスにより家族の負担はゼロにはなりません。ケアマネジャー,ヘルパー,施設との連絡など,見えない調整業務の負担が非常に大きく,介護保険サービスでカバーされないところは家族が見ることになる。従業員の両立支援では,ここをどう支えていくかが大事です。家族介護者が自分で介助するのではなく,マネジメントをする上で大事なのは,選択肢を知っておくことです。何が介護保険でできるのか,できないことはどうカバーできるのかを知ることです。最近は介護保険でできないことを埋める自費のサービスも増えています。これをうまく使いこなしながら両立していくことも必要です。

両立支援は経営課題

 「介護休業」についても,ぜひ知っておいていただきたい。93日間取得できますが,実際はなかなか使われず,意味合いも十分理解されていない。介護は平均5年弱なので,自分で介護するには93日では全然足りない。本来,介護休業というのは,仕事を続けながら介護ができる体制を整えるための休業なのです。ケアマネジャーの契約,介護保険サービスの契約,家の改装など,自分がいなくても介護が回る体制を整えるために3カ月強休める,そういう制度なのです。「介護・介護準備休業」と呼んでいる会社もあります。
 仕事と介護の両立支援をするために,企業として何を整えるべきかという観点では,①従業員のリテラシー(知識)向上②相談役・窓口の設置③早期把握と初動の支援―の3点があります。
 ①はマネジメントをする上で,介護保険でできること,できないこと,各地域でどういうサービスがあるのかも含めた知識が必要ということです。介護が必要になる40歳前後から従業員を啓発し,介護保険,介護休業,社内制度などを周知することが大事です。
 ②の相談役・窓口は,従業員のマネジメント支援や,しんどくなったときの聞き役です。産業医のような立場で,従業員の両立支援に寄り添って相談に乗る「産業ケアマネ」を置く企業も出てきています。
 ③は早期に情報を把握し,初動で支援することです。制度があっても,打ち明けやすい職場環境がなければ,両立につながらない。前提として介護を職場の大きな問題として取り上げるため,経営層のコミットが重要です。
 大企業だけでなく中堅・中小企業でもいろいろな取り組みが始まっています。「1on1」の面談シートに育児,介護などの相談を追加し,介護当事者の交流会をしている企業があります。社長名で「仕事と介護の両立宣言」を出し,40歳になるとガイドブックを配ったり,社内に相談員を置いたりする会社もあります。アウトソーシングで仕事と介護の両立をサポートする企業などを活用しながら社内の体制をつくっていくことも大事です。
 仕事と介護の両立支援は非常に大きな経営課題です。従業員が安心して働ける環境整備は組織のレジリエンスを高め,「お互いさま」として支え合う職場風土の醸成は競争力につながります。最初の1歩として,「困った時はいつでも相談を」というトップメッセージの発信から始めていただければ幸いです。
(スライドとともに)