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2026年5月22日(金)第5,006回 例会

噛んで得する話 口からの健康長寿

小 野  高 裕 氏

大阪歯科大学 高齢者歯科学講座
特任教授
小 野  高 裕 

1957年生まれ。’83年 広島大学歯学部卒業 ’87年 大阪大学大学院歯学研究科修了(医学博士) ’98年 大阪大学歯学部助教授 2014年 新潟大学大学院医歯学総合研究科教授 ’23年 大阪歯科大学教授,新潟大学名誉教授 専門:歯科補綴学,老年歯科医学 著書「阪神間モダニズム」,「モダニズム出版社の光芒」,「近代大阪の出版」など

 きょうのお話の1つ目は,「噛むことと健康の関係」です。たくさん噛むことは健康に良いと昔から言われています。「ひと口30回咀嚼」をご存知と思います。これは「フレッチャーの咀嚼法」として大正時代から広く普及してきました。フレッチャー氏は19世紀末から20世紀初めのアメリカ人で,保険に入ろうとしたところ,美食家で不健康だったので断られた。30回噛むことを実行した結果,非常に健康になったそうです。
 皆さん,お昼ご飯を何回ぐらい噛みましたか?近年,噛む回数の減少や早食いが生活習慣病リスクを高めることが指摘されています。
 「高齢期の生きがいと健康状態」を調べたグラフを見ると,「趣味やスポーツ」は,健康状態が良い人は楽しめるが,良くない人は楽しめないことを示しています。一方,「おいしいものを食べる」は,健康状態に関わらず楽しめる生きがいですが,歯の本数と何が食べられるかは,大いに関係があるのです。
 アンケートで「何でも噛んで食べることができますか?」という問いに「はい」と答えた50歳以上の人の割合は8割です。ただ,歯が20本以上ある人の約9割が「はい」と答えていますが,19本以下の人では半分ぐらいなので,歯の本数が非常に大事なのです。歯が少ないと,好きなものが食べられないだけでなく,フレイル,要介護,生活習慣病のリスクになることが分かっています。

お口のフレイル

 フレイルは①体重減少②倦怠感③活動量減少④握力低下⑤歩行速度低下―この5項目のうち3つ以上に該当すると「疑いあり」となります。後期高齢者では該当率が20%~25%とされ,フレイルになると,健康寿命が短くなり,要介護,死亡のリスクが高くなります。フレイルは,ドミノ倒しのようなものです。例えば,会社に行かなくなり,健康や身なりに興味が薄れると,フレイルになりやすい。その中に「お口のフレイル」があります。人に会わないし,歯磨きは面倒だ,歯医者に行くのは面倒だとなると,歯が悪くなって抜ける。好きなものが食べられなくなると,栄養が偏り,健康に悪さをする。
 日本老年歯科医学会は,誰でも「お口のフレイル」を判断できる5つの質問を作りました。①歯は何本あるか②固いものが食べにくいか③お茶や汁物でむせることがあるか④口の渇きが気になるか⑤普段の会話で,言葉をはっきり発音できないことがあるか―このうち2つ当てはまると,「兆候あり」となります。
 東大の飯島勝矢先生の研究室が,5項目のうち2つ以上当てはまった人たちを9年ぐらい追跡調査した結果,体のフレイルになりやすいことが分かりました。私が新潟大学で関わった70歳の高齢者を対象にした追跡調査でも,噛む力が弱い人は死亡リスクが1.84倍高いことが分かり,「ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)」に紹介されました。
 2つ目のお話は「よく噛むことの効用」です。一番大事なのは,食べ物を噛んで細かくして,唾液と混ぜて,飲み込みやすい形(食塊)にする「咀嚼(そしゃく)」です。私が20年近く前に撮った世界で一番咀嚼が分かりやすいレントゲンビデオをご覧ください。
〈動画を上映〉
 グミを噛むと,バラバラになって口の中に広がったものが,舌と上顎との間で固まって食塊になり,スルッと飲み込んでいます。ところが,歯が悪くなると,噛んで食塊にはなりますが,粒が粗いため,喉から入る際に残ってしまい,何回か飲み込んでいます。よく噛んで細かくなり,表面積が増えた食塊は,味や匂いが口の中に広がって,食べることが楽しくなり,心の健康にも結びつきます。よく噛むことで満腹中枢が刺激され,大食いを防止できることも大事です。

メタボとの関係

 3つ目のお話は,「噛むことをどう測るか?」です。「よく噛む」には,「細かく噛む(咀嚼能力)」と「たくさん何回も噛む(咀嚼行動)」があります。グミを噛む咀嚼能力測定を使い,メタボとの関連を国立循環器病研究センターと共同研究しました。まだメタボになっていない人約600人を5年ぐらい追跡調査した結果,咀嚼能力が「低い」と判定された人が新たにメタボになるリスクは,男性で2.13倍高かった。つまり,噛めない男性はメタボになりやすいのです。おもしろいことに女性はそれがない。女性の方が調理するので,自分の咀嚼能力が弱いと,うまく調理で調整するのではないかと推測しています。
 噛んだ回数を測る耳掛け式のウエアラブルデバイスの開発にも関わり,日本人はどのぐらい噛んでいるのかを調べてみました。コンビニのおにぎりの咀嚼回数を数え,平均を取ると215回でした。500回ぐらい噛む人もいれば,50回ぐらいで完食する人もいる。1日3食の咀嚼回数は平均2,400回ぐらいですが,6,000回以上噛む人もいました。咀嚼行動の個人差が,どれだけ健康に影響するのか。BMI(肥満度)との関係を見ると,咀嚼能力が低い人や咀嚼回数が少ないと,BMIが高い傾向があることが分かりました。

噛む力は生きる力

 4つ目のお話は「オーラルフレイルを防ぐには」です。長野県阿南町という人口約4,000人で,歯科医院が1軒もない町の口腔健診に入り,咀嚼の評価をしています。ほかの健康データと組み合わせ,住民の健康度を上げるために咀嚼行動をどう変えたらいいかを考えようと,医科・歯科合同で取り組んでいます。
 最近,「口腔機能低下症」という新しい病名が出てきています。①口が乾く②口の中が汚い③舌と唇の運動機能低下④舌の力の低下⑤噛む力の低下⑥飲み込む力の低下⑦咀嚼機能の低下―の7つの症状をチェックし,必要な指導や治療をしていきます。
 栄養,身体活動,社会参加による健康長寿の実現が国の政策となり,多角的・融合的な取り組みが求められています。「噛む力=咀嚼力」は「生きる力」です。咀嚼力を高め,楽しく健康に暮らしていただけたらと思います。
(スライド・動画とともに)