大学卒業後,(株)博報堂に入社。
FIFAマーケティングへ転職し,2002年日韓ワールドカップマーケティング業務従事。’03年スポーツマーケティングジャパンを設立,代表取締役に就任。数多くのプロスポーツチームやリーグなどの事業アドバイザーを務め,アイスホッケーチームの経営にも携わる。
海外ではNFLやUFCなどの日本事業パートナーとして活動。’20年東京五輪開・閉会式エグゼクティブプロデューサーを務めた。’25年4月より(株)セレッソ大阪代表取締役社長に就任。
私は25年ぐらいスポーツビジネスの世界で過ごしてまいりましたが,業務としてあまり知られていない部分が多いかと思います。「なぜわれわれはサッカーをやっているのか?」とか,阪神の試合を見て「なぜこれだけ人が熱くなるのか?」といったところを経営視点でお話ししたいと思います。
スポーツビジネスとは何か。簡単に言いますと,確実性と不確実性,両方のバランスを取りながらマネジメントしていく,非常に変わったビジネスです。
確実性というのは事業部門です。確実性を持って会社を経営し,常に成長を遂げるのが事業の根本です。チケット収入,食べ物や飲み物の販売,スポンサーシップを取る,放映権の売買,グッズやスクールの収入などは確実性を持って構築していく。スポーツだからといって特殊なものではありません。
一方,スポーツの難しいところは,不確実性に向き合わなければならないことです。試合の結果は予想不可能です。天候のリスクにも左右されます。雨で集客が20%ぐらい歩留まりし,台風が来れば試合が中止になる。運動会やクリスマスのシーズンは集客が増えない。エースの人気選手のけがで戦力が変わり,グッズの売り上げやチケット収入が落ちる。スキャンダルも打撃になるほか,突然,選手が海外クラブに移籍すれば,戦力が落ちる。こういったものを包括的にマネジメントするのがスポーツビジネスです。精神的に病んでしまいそうですが,確実性と不確実性のバランスを取りながら指揮を取っています。
スポーツの価値とは?われわれはなぜスポーツをするのか?なぜスポーツを観るのか?なぜスポーツを支えるのか?―この25年間,毎日のように考え続けていますが,現時点で思っていることが2つあります。「喜怒哀楽の発露」と「挑戦」です。
コロナ禍で東京五輪の開催が1年遅れたころは,人と接することが少なく,ネガティブなニュースが多く,精神的にフラットになっていた時期が長かった。そんな中で,感情の起伏をもたらすことが,人々の生活には本質的に欠かせないものだと感じました。スポーツは,お金を払い,時間を使ってがっかりしたり,怒ったりもしますが,こういうネガティブな感情は日常生活ではあまりない。なぜ人はこんなことにお金を払い,時間をかけるのか。それは感情の振れ幅の大きさにあるのではないでしょうか。ネガティブな部分が大きいからこそ,勝ったときの喜びが大きく,苦しい思いをするからリターンが大きい。これを競技者だけでなく,観ている人,関わっている人,全ての人の中で実現できるのが,スポーツの本質的な価値の一つだと思います。逆に言うと,感情の起伏,感情を持つ行為に対してどれだけ作用できるかが,スポーツの本質的な価値ではないか。特にプロスポーツは,人々に影響を与えること,プラスになることがなければ,本質的な価値はないと思います。多くの人の感情を動かすことが大事だということを,スポーツチームの経営では忘れてはいけないと考えています。
もう一つは「挑戦」です。目標に対して積み上げて,失敗することも含めて,挑戦する姿が極めて重要だと思います。スポーツ選手やスポーツビジネスの現場は,秒単位で意思決定するプロセスです。判断を間違えることも多々ありますが,アスリートは意思決定を積み上げて挑戦し,失敗も含めてPDCA(計画,実行,評価,改善)的に回していくのがスポーツの価値ではないかと思います。
もう一つスポーツチームの価値として大きいのは,社会の課題解決の手段であり続けることです。内発的な行為であるスポーツを,いかに社会的な価値にしていくのか。一つの競技を超えて,社会のプラスに働くことが大事です。セレッソ大阪の目指すべき姿としては,大阪という地域社会の課題解決に役立つこと,大阪になくてはならない存在になることだと思います。逆に言うと,セレッソ大阪がなくなったときに,皆さんがどう感じるのかを常に考えて仕事をするように,スタッフや選手に伝えています。失った時に何を感じるか,イコールわれわれがすべきことは何かを日々突き詰めていく。皆様からお金をいただき,大阪という名前をつけて仕事をしている以上は,必ずその価値を還元していくことだと思います。地域の誇りになり,セレッソを通じて人々が豊かな生活,豊かな週末を送れることがとても大事です。
アカデミー世代,ユース世代の選手を抱えるものとして,世界で戦える人材を育成することも使命です。実は今,大規模な投資でアカデミーを再整備して,次の世代を全力で支える準備をしています。オランダのサッカークラブを100%グループ化して,13歳からヨーロッパのサッカーに触れて,生活様式や語学も含めて,世界に羽ばたく人材を創出していきたい。選手の寿命は短く,選手としてお金をもらえる時代が10年,それ以外を含めてもせいぜい20年です。残りの人生を豊かにして,人に良い影響を与えて自信を持って生きていくことが一番大事なので,特に若い世代の教育に力を入れていきます。
“Sports Unite People Socially and Emotionally Like No Other”(スポーツは人々を感情的にも物質的にも社会的にもつなげていくという機能がある)―米プロフットボール,NFL元コミッショナーのポール・タグリアブ氏の言葉です。こういった大きなフレームで,日本のサッカー界,Jリーグを含めて変えていく重い役割を果たさなければと思い,東京から大阪に移ってまいりました。できる限り多くの大阪の人々が豊かになるように,スポーツを通じて,お役に立てればと思います。お力添えをよろしくお願いします。
(スライドとともに)