スイスの日系金融機関で会計・リスクマネジメント業務,日本の教育関連会社で海外社員研修の企画・運営に携わるなどの経験を経て,在大阪スイス領事館にて財務・人事・総務を担当。関西学院大学を卒業後,1991年9月~’92年6月にロータリー財団奨学生としてカナダのMcGill大学に留学(スポンサークラブ大阪南RC),国際関係論専攻。大阪府立大学の社会福祉学修士。教育委員や公平委員として地域づくりにも参画。
スイスの職業訓練制度(VET)は,Vocational Education and Training in SwitzerlandのVETを取っているのですが,一言で言うと,若者が学びながら働くことを社会全体で支える仕組みです。次の世代をどのように育てるのか,どのような人材を育てたいのかを考えるきっかけになれば,と思ってお話しさせていただきます。
スイスの教育制度の一番下にあるのが義務教育です。15歳まで,中学3年生で終わるようなイメージは日本と同じです。その上の高校レベルのところに普通高校と職業専門校,そしてVETがあります。子どもたちの3分の2に当たる人数がVETですので,スイスという国を支えている人材であることを,まずはお分かりいただけたらと思います。
その上が大学レベルです。普通高校からは総合大学に上がり,VETからは就職することが多いのですが,職業系の大学もあります。普通高校から総合大学に上がった後,職業系の大学に移ることもできますし,その逆も可能なので,とても柔軟性のある教育システムだと思います。ただ,中学2年生,14歳の段階で,どの方向に進むかを考えないといけないので,今の日本の子どもたちにできるか,そうできる教育制度になっているかは,一つの課題だろうと思います。
スイスの総合大学は世界でもトップレベルと言われます。普通高校から進む総合大学は,日本のように,とりあえず大学に行けばいいという発想ではありません。
一方,VETの出身者としては,例えばギー・パルムラン氏は2025年度に連邦副大統領,2021年度に連邦大統領を務めた方ですが,ご実家が農家で,ワイン製造者として職業訓練を受けています。UBSの最高経営責任者(CEO)のセルジオ・エルモッティ氏も銀行員として職業訓練を受けています。VETがいかにスイスの国を支えているか,お分かりいただけると思います。
VETの仕組みで特徴的なのが「理論と実践の二元制度」です。理論ばかりでなく,実践ばかりでなく,両輪で進んでいくのです。VETは3年か4年あるのですが,理論的なことは学校で週1~2日学び,学費はその州が負担します。実践のところは企業で3~4日やり,給料が出ます。子どもたちに経済的負担はなく,稼げる場なのです。企業はボランティアでやっているわけではなく,ニーズに基づき,戦力として人材を採用するので,面接などをきっちりやります。要するに,教育制度と労働市場が仕組み的に連動しているのです。経済のニーズに応じて若者が15歳,16歳で労働市場に組み込まれることになりますが,その結果として,若者の失業率が他のヨーロッパ諸国と比べて,とても低くなっているのがスイスの特徴的なところです。
スイスの企業がVETインターンとして若者たちを受け入れる理由は大きく3つあると思います。
1つ目は「社会全体の共同投資」という考え方です。社会的責任は強制された意識ではなく,自然に身についているところがあります。「国民皆兵制」のように自分たちのことは自分たちで守るという共同体意識がとても強い国なので,ごく当然のこととしてやる意識があるのだろうと思います。
2つ目は「経済的メリット」です。企業は給料を支払っても,コストを十分回収できるという調査結果があります。初年度は無理でも,3年後には実践的なレベルが上がります。給料は水準よりも低いので,3年というスパンで見れば,コストを回収できるわけです。
3つ目は「システムとして社会的に確立されていること」です。一過性ではない国の教育制度として確立されており,国が資格や教育内容を認めるなど,安定性があります。
スイスの企業の約3割がVETインターン生を受け入れています。その結果がどうなるか,スイスと日本を比較してみます。「若者の失業率」はいずれも低い水準です。一方,「教育と雇用の関係」については,スイスは教育中に企業と接続しますが,日本は大学を卒業後に就職というように,切り離されています。「雇用の安定性」は,スイスが実務経験を伴う即戦力として使える人材であるのに対し,日本は新卒中心・内部育成となっています。「潜在的な課題」としては,スイスは中学卒業までに進路を選ぶので,職業選択の固定化が挙げられます。日本は大学を卒業してやっと就職するので,「ちょっと違った」というミス・マッチや若者の早期離職が課題になっているのが現状です。
VETを卒業した若者たちを日本で引き受ける「Next Stepプログラム」をご紹介します。職業教育訓練制度を受けただけではなく,連邦職業バカロレア(FVB)にも合格した若者の国際インターンシップ制度で,期間は3~6カ月です。受け入れ側のコスト負担はありません。給与や諸費用は送り出すスイスの州政府が負担します。いろんな国に送り込んでさらに力をつけて,スイスのために貢献してもらうための投資なのです。今まさに来年度の募集をしています。来年度の初めごろにスイス側で送り出す生徒の選考をしてから,春先に受け入れ可能な日本の企業と生徒の面接をします。その後,26年の夏か秋ごろから27年の春までインターンを実施します。
人材育成を真剣に考えている皆さまに,スイスのインターン生受け入れをご検討いただけたらと思い,お話しをさせていただきました。すばらしいプログラムですので,ぜひご参加いただければと思います。
(スライドとともに)