1973年大分県別府市生まれ。
東京大学法学部卒。同大学院博士課程単位取得退学。2005年より首都大学東京(現・東京都立大学)法学系准教授,’16年から東京都立大学法学部教授,’22年より同学部長を務める。
主な著書に『立法者・性・文明:境界の法哲学』, 『日本の夜の公共圏:スナック研究序説』,『日本の水商売 法哲学者,夜の街を歩く』などがある。
専門は法哲学ですが,本日は主にスナックの話をします。前々回の東京オリンピックが開かれた頃に日本に生まれたスナックは,レトロな存在として再び脚光を浴びています。「スナック研究会」で調査を始めた約10年前は全国に10万軒以上ありましたが,経営者の高齢化もあり,どんどん減って,コロナ禍の前には約7万軒になり,今では約4万4,000軒まで落ち込んでいます。
帝国データバンクによると,2025年上半期の飲食店の倒産は450件を超え,上半期としては過去最多を更新。このペースで推移すると,通年で初めて900件,1,000件近くに達するとみられます。コロナ禍からの回復途上で食材費,人件費,光熱費の上昇に耐えかねて事業を断念するケースが多く,2~3年以内に1.5倍ぐらいまで増えるとされます。これらの数字は,負債が1,000万円以上のケースの統計なので,町中華とか蕎麦屋はそこまでの負債がない場合が多い。なぜ営業を継続できないかと言うと,後継者がいないため,ホールスタッフが確保できないためで,人口減少問題が顕著に表れています。実際に店を閉めたのは1,000軒どころではなく,10倍以上の規模だろうと思います。
コロナ禍以降の飲食店減少に関連する興味深い記事がアメリカの雑誌に掲載されました。見出しは「The Anti-Social Century(反社交の世紀にわれわれは入った)」で,副題に「アメリカ人はかつてなく孤独に時間を過ごし,それは人々のパーソナリティ,政治,そして現実への向き合い方を変容させている」とあります。コロナ禍が終わって時間が経っても,アメリカ人はネットで注文し,テイクアウトして家で食べているという話です。外で誰かと飲食する機会を劇的に減らし,何をしているのか。例えばネットフリックスなどに没入するのに最適化された自宅で,家族や仲の良い人たちとのつながりを強め,顔も知らない人とネットを通じて趣味などでつながる。一方で,近所の人に挨拶したり,そんなに親しくはないが,地域の人間として関わりがあったり,そういう関係性がことごとくダメになってしまった。社会的な協働を可能にする寛容の精神を学ぶ場としての「村」みたいなものが失われてしまった。その結果,孤立主義的な快適さだけが追求され,アメリカ社会は良い社会とは言いがたい状態になっている。飲食店数の減少以上に,コミュニティの人々との緩やかな交わりが失われると,深刻な社会的影響をもたらすのです。
日本に目を転じます。10年ほど前にスナックの研究を始め,途中から,日本が直面している「超高齢化」と「人口減少」と連動する話だと思うようになりました。
昔は職業生活が終わった後の余生がほぼなかったが,今は,定年後に長い時間が残される。「サードプレイス」という社会学の言葉があります。人間にとって必要な場所の1つ目は自宅。2つ目が社会的な存在としての職場。3つ目が家庭でも仕事でもない第3の場所という話です。これからの日本では2つ目がない人が多くなるので,家や病院以外で集まる場所,社交性を保つ場所が必要なのです。
1つの事例として「介護スナック」を紹介します。最近は昼からやっているスナックが全国で増えており,デイケア施設みたいに老人ホームから来てもらい,市が補助金を出す。神奈川県横須賀市の介護スナック「竜宮城」は介護関係の事業者がやっており,送迎付きで店内はきれいです。がんのステージ4,要介護5の人でも安心して飲めるように,看護師や介護士が「酒量管理」をしています。最近の展開としては,老人ホームにスナックを内製化しているところもあるそうです。
次に人口減少の話です。スナックと言えば,カウンターにママがいて,カラオケ歌って,タバコ吸ってみたいなイメージですが,最近は違う形で若者の間でブームになっており,クラウドファンディングでの開業も増えています。東京荒川区の「街中スナック」は,昼間は喫茶店営業,夜はスナックとして営業しており,基本的に禁煙で,カラオケもない。昼からの通し営業で,地域のお年寄りが来て井戸端会議のようにカウンターの中の人としゃべり,夕方になると会社勤めの人が戻り,地域の人が集まって話をする。隣の人と乾杯するために飲むものは安めにして,乾杯グラスを設定したり,シェアボトルを入れて,イベント好き,ピアノ好き,○○県出身などに当てはまる人は飲んでいいことにして,それを媒介に話ができるようにしたり。知らない人同士がすぐに仲良くなる,おもしろい仕組みを作っています。
スナックなどの飲食店がなくなることが,とても大きな政治的インパクトを持つという話をします。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのダイアン・ボレット氏が2020年に書いた論文「Drinking Alone(一人で飲むこと)」には,震え上がるようなことが書かれています。イギリスでは,地域の人がビールを飲みながら話すパブが4万9,000軒ぐらいあったのが,コロナ禍で約2万軒が閉店し,23万人の雇用が消失した。パブ閉店の社会的影響を分析したところ,地域で社会的孤立が増えて,労働者階級の生活環境が悪化し,社会文化的な荒廃が起こり,イギリス独立党などの極端な政党が伸びることが分かりました。日本でも,これまでになかった政治勢力が出てきたりしています。一人で家にいると,「小人閑居して不善を為す」ではないですが,やはり極端になる。逆に地域に出て,スナックなどで極端なことを言えば,「いい加減にしろ」と皆から言われる。社会の分極化,過激化を招かないためにも,地域の有機性を保つものとして,スナックなどを大事にした方が良いと思います。最後に,思想家,評論家の福田恆存が残した「保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである」という言葉を紹介します。久しぶりに馴染みのお店にお顔を出していただければ,これにまさる喜びはございません。
(スライドとともに)