早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。専門はジェンダー・ダイバーシティ。1992年に読売テレビへ入社し,ロンドン特派員,政治部記者を歴任。2006年より日本テレビに入社し,「深層NEWS」など討論番組のキャスターを数多く務める。’22年より現職。メディア論を教える講義はキャンパス史上最多履修者を記録し,爆発的人気となる。また,テレビのコメンテーターとして「ミヤネ屋」などでも活躍中。
私は大学でジャーナリズムやメディア論を教えています。授業は810名の学生が履修しており,特に人気があるのがメディアとジェンダー,ダイバーシティを扱う回です。学生は「男だから」「女だから」という古い価値観に違和感があります。多様性は若い世代には非常に身近で,当たり前のことなのだと感じます。企業にとっても,採用やブランドイメージを左右する経営課題だと思います。
読売テレビに入社して記者からスタートし,女性で初めて大阪府警捜査1課を担当しました。最もハードなポジションの一つで,当時,女性は想定されていませんでした。女性というだけで目立ち,評価も厳しかったので,人一倍努力しました。頑張りが認められ,2001年に,局で女性初の海外特派員としてロンドンに赴任しました。特派員は男性のポストだと言われていましたが,会社が機会を与えてくれました。2001年8月に着任し,1カ月後に米中枢同時テロが起き,イラクなど紛争地を取材しました。ただ,最初からうまくいったわけではありません。男性特派員が現場に向かうなか,私は行かせてもらえませんでした。危険地域で女性は大変だろうという判断だったと思います。しかし,紛争地の取材に行きたいという女性がもう1人現れると,女性が2人ならば問題ないという上司の判断が下され,2004年に私も取材団に加わりました。
ここで強調したいのは,女性が1人だと道が閉ざされ,2人になったことで道が開かれたことです。女性を増やすときに,よく3割という目標を掲げます。この3割には意味があるのです。「クリティカル・マス」という理論で,集団の中で少数派がだんだん大きくなり,存在を無視できないグループになる分岐点を指し,3割ぐらいとされます。例えば,10人の会議で女性が1人だと,象徴的な存在と見られ,自分の意見が言いづらい。女性が2人だと,今度は女性同士がライバル視されてしまう。3人になって初めて,少数ではあるが「意見を聞いてみよう」となる。ここで女性が能力や視点を発揮することで,組織に本当の意味での変化が生じる。女性役員の比率3割という数字には根拠があるのです。
ロンドン特派員から帰国後は,日本テレビに出向し,政治部で記者をしました。ある日,上司から「番組で政治討論のコーナーを作るから,女性版田原総一朗になってよ」と言われました。論客を相手に討論を取り仕切る女性初のキャスターの打診で,びっくりしました。2005年に番組が始まり,初日にまさかの「炎上」をしました。視聴者の批判が殺到しましたが,上司は「そのままでいい」と元気づけてくれました。続けさせることが育成だと,守ってくれたのです。人気番組になり,15年間キャスターを務めました。
企業で女性管理職を増やしたくても,本人がなりたがらないという声を多く聞きます。経験を積まずに責任あるポストに抜擢されると,苦労するのが見えているし,崖っぷちに1人で立たされて,失敗すれば転げ落ちる不安に駆られるのです。崖に1人で挑ませるのは酷で,サポート体制が重要です。組織のリーダーシップのあり方が,女性を育てていくかどうかを決定付けると実感しています。
2023年のNHK放送文化研究所の調査で,日本の夜のニュース番組に登場する人物は男性が7割,女性が3割というデータが明らかになりました。男性は40歳~65歳,女性は19歳~39歳が多く,テレビ画面には中高年の男性と若い女性が映し出されている。深刻なのは,社会に実在する男女比では女性活躍が進んでいるのに,社会を映す鏡と言われるテレビが遅れていることです。
このような現象は世界共通の課題で,イギリスの公共放送BBCが興味深い改革を成功させました。BBCも番組の登場人物の女性比率が少なかったのですが,50%を目指す「50:50プロジェクト」を2017年に始めました。当初は女性の割合が30%台の番組が多かったのですが,登場人物の男女をカウントして社内で共有することを数カ月続けると,50%に到達する番組が相次ぎました。5年後には参加番組が750に及び,世界30カ国で展開されました。政治,経済の番組だけでなく,BBCの交響楽団の男女比の改善,番組で女子スポーツがより多く取り上げられるようになり,大学や企業にも応用されるなど,多様性改革では異例の成功を遂げました。
成功要因は3つ。1つ目にシンプルであること。登場人物の男女を数えて打ち込む1日5分の作業で,予算も不要でした。2つ目はデータに基づくこと。感情論でなく,客観的なデータこそが社員の行動変容の原動力になりました。3つ目は質を最優先にし,女性を増やすために女性を選ばない。多様性のために番組の質を落とさない原則は現場の納得感が大きく,社員がやりがいを感じながら行動する組織風土につながり,BBC会長が「BBC史上最大規模の集団行動」と言うほどの全社的なムーブメントになりました。プロジェクトを主導したのが男性キャスターだったことも大事な要素です。男性社員も耳を傾け,率直な疑問,辛辣な批判も言いやすかったとされています。皆さんの組織では,多様性推進部署が女性の指定ポストになっていませんか。
女性活躍の鍵は,女性の可能性を信じて,機会を提供することだと思います。私は多くの機会をいただきました。捜査1課に配置してくれた上司,ロンドン特派員に推薦してくれた会社,イラクに行かせてくれた上司,「女田原総一郎になって」と背中を押してくれた上司,降板させずに育成してくれた上司。機会を与えられ,それを生かすかどうかは本人次第です。しかし,まずは機会がなければ何も始まらないと思います。
皆様が次に誰かを選ぶ場面では是非,女性に機会を提供しても良いのではないかと考え,声を掛けていただきたいと思います。若い人が性別に関係なく能力を発揮し,希望を持てる社会のために,私も教育やメディアで発信を続けていきたいと思います。
(スライドとともに)