1984年大阪大学法学部卒業。
’90年弁護士登録(大阪弁護士会)。企業の危機管理,有事対応に関するアドバイザー及び不正防止のためのコーポレートガバナンスや内部統制構築支援業務等を長年務める。近時は中立公正な立場からの不正調査業務も多く,三菱電機のガバナンスレビュー委員会委員長,フジテレビの第三者委員会委員等を歴任。現在,りそな銀行の社外取締役を務める。
昨今,話題になっている「ビジネスと人権」のエッセンス,これが企業にどう関わるのかを具体的な事例を交えて話します。私は弁護士になって36年になりますが,ここ20年ぐらいは,いわゆる「企業不正対応」で,不祥事があった企業の経営陣から相談を受けることもあれば,大株主側で相談を受ける場合もあります。三菱電機の品質不正ではガバナンスレビュー委員会の委員長を務め,フジテレビの問題では第三者委員会の委員を務めています。
解決方法をいくら学んでも,そもそも「何が問題なのか」を知らなければ,不正リスクマネジメントの向上にはつながりません。同じような不祥事なのに,ある企業は発覚して世間からたたかれる。別の企業は自力で対応して,メディアに出ることもなく,監督官庁にとがめられずに終わる。不祥事が大きく報道されても,それをきっかけに組織が強くなり,業績も上がっていく企業と,足腰が弱くなり同業他社に統合されてしまう企業も見てきました。この違いはどこにあるのか,この20年考えてきました。
何か問題があったときにどう対処し,企業の信用毀損を最低限にするかについては,弁護士だけでなく,IRのアドバイザーやリスクマネジメントコンサルティング会社など専門家がいるので,お金を出せば問題の解決方法は何とかなります。一方,自分たちの企業がやっていることが「世の中で受け入れられるのか?」という問題に気付くか,気付かないか。これは皆さんに依拠するしかないのです。例えば情報漏えい問題。サイバー攻撃を受けた状況を経営者が平時と考えるか,有事と考えるかで大きな差があります。いつまでも「うちは被害者だ」とする経営者もいますが,「いや,加害者だ」と,すぐに対応する企業もあります。組織が有事なのか,平時なのかで対応が大きく変わることは,ぜひ経営者に認識していただきたいところです。
経営トップは「有事だ」と言われたくないので正常性バイアスが働く。これが「思考の偏り」です。自分以外の考えも聞き,平時か,有事かを考えていただきたい。「あの人に限って,あの会社に限って悪いことはしないだろう」などと考えるのが認知バイアスで,「判断の偏り」は大きな問題を見逃します。組織の中で何が問題なのかを知らないと不正リスクマネジメントの向上につながらないのです。
2020年10月,日本でも「ビジネスと人権に関する行動計画」が策定,公表されました。法的拘束力はないが,企業には遵守が求められます。「遵守している」と胸を張って言うには,3つが必要です。1つ目は「人権を尊重する」という方針を作り,対外的にコミットすること。2つ目は人権への影響を特定・予防・軽減し,対処方法を説明する「人権デューディリジェンス」のプロセス。自分の組織やサプライチェーンで人権侵害がないかチェックすることです。ここまでは実践している企業も多いと思いますが,大切なのは3つ目です。企業が引き起こし,または助長した人権への負の影響からの救済措置の設置です。会社で人権侵害を見つけたら救済すること。この3つがそろって初めてビジネスと人権に関する指導原則を履行していると言えるのです。
フジテレビの事例は,有名タレントと女性アナウンサーのハラスメント問題が表面化して,スポンサーが広告を停止しました。ビジネスと人権への配慮をないがしろにする企業に広告は出せないのです。著名タレントと女性アナウンサーがプライベートで会って問題が起き,女性が同僚や上司に相談していると聞いた場合,「プライベートな問題に会社は関わってはいけない。会社として対応したら,逆に女性のプライバシーを侵害する」と思いたくなりませんか。しかし,その行動でフジテレビの社長,専務は辞任しました。第三者委員会は「カスタマーハラスメント,つまり性加害に対して企業として行動を取らなかった。取らなかったどころか二次加害を行った」としました。皆さんの常識は第三者委員会の常識と合っていますか,食い違っていますか。
今年6月,改正労働施策総合推進法いわゆる「カスハラ防止法」が成立しました。事業主にカスハラ対策を義務化するもので,1つ目に「指針の策定とその周知」として,カスハラ対策を企業の職場環境配慮義務の一環と位置付けています。2つ目に相談体制を整備すること。3つ目に実効性のある対策,つまり被害者救済や二次加害の防止を求めています。世の中は変わってきています。フジテレビ問題は有名タレントに優越的な地位があり,長く取引が続いていれば,単なる交際の問題ではなく,カスハラに当たり,経営者がどう前向きに対応するかが問われたのです。本人が大きな問題にしたくないと言っても,職場環境を守るため,会社として動くべきことに気付かなければならないわけです。
兵庫県知事の告発文書では,知事のパワハラや補助金の問題などが上がってきました。経営者のパワハラ,セクハラ疑惑が監督官庁やマスコミに情報提供された場合,経営者として,誰がやったのかを知りたくないですか。自分で調べて,監督官庁への報告や取材に答えたくないですか。6月に成立した改正公益通報者保護法では全て禁止されます。経営者自身に関わる問題を自分で調べると法令違反なので,第三者を通して調査する。「誰がやった」「誰がしゃべった」と探すのも法令違反です。経営者の不正に関わる通報が社内,社外に届いたら,公益通報への対応指針にのっとった行動を取り,通報者保護を必ず守る。通報に対して誰が調査するのかを決めないと経営者も刑事罰になることは特に注意が必要です。公益通報を理由とした解雇・懲戒も刑事罰になります。兵庫県知事告発文書の問題,フジテレビの問題などは「ビジネスと人権」から派生する問題であり,先行した海外の制度がやっと日本にも導入されている流れをご理解いただきたいと思います。
(スライドとともに)