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2025年5月9日(金)第4,962回 例会

現代アートが開く共生社会

宮 本  典 子 氏

オフィス・エヌ
アートプロデューサー
宮 本  典 子 

筑波大学大学院修了,ヘルシンキ工科大学IAP(International Architecture Program)修了(ロータリー財団奨学生)。帰国後,大阪の現代美術ギャラリーに勤務する他,アートフェア「ART OSAKA」の事務局も担当。
障がいのある方の作品をマーケットに紹介する「capacious」(2015〜/大阪府)や,作品の貸出事業「art bridge」(2023〜/公益財団法人関西・大阪21世紀協会)事務局も担う。

 私は大阪で18年間,現代アートや障がいのある方のアート作品に関わっています。私達が現代アートを介してその世界を知り,他者を想像して共生社会へつながるように考えています。

障がいのある方のアートの定義と作品

 1945年,仏画家ジャン・デュビュッフェは,衝動がむき出しに現れた作品群をアール・ブリュットと呼びました。’72年には美術史家のロジャー・カーディナルが,正規の美術教育を受けていない人のアートをアウトサイダー・アートと紹介しました。私や大阪府は,障がい者のアートではなく同時代のアートとして広く捉えています。
 私が衝撃を受けた作家を少し紹介します。柴田龍平さんの作品は遠くから見ると流れを感じますが,細かな時刻や日時で覆い尽くされています。彼は数字の記憶力が高く,アイドルの好きな曲を曲の長さで理解します。数字で世界を把握する方がいることに既成概念が覆されました。平野喜靖さんは,美しい独特のフォントに興味を引かれます。彼は言葉を発せず,会話が難しいのですが,意味が通じる単語を使って新聞・雑誌で目に触れた現代社会や事件を書き留めており,生きづらい世の中を表象している,と強い衝撃を受けました。有田京子さんは身の回りや季節のモチーフを色分けして,細かな点描で密度の高い作品を作ります。豊かな色彩だけでなく,驚くべき集中力と持続力に衝撃を覚えました。中根恭子さんは牛乳パックのロゴやバーコード,成分表を刻み,衣装ケースに積み,最後は全部崩します。私はそれについて説明しきれませんが,強い印象を受けています。
 知的な障がいや自閉症の方は好みやこだわりのストレートな発露,生活のリズムや精神の安定を表現することが多く,その特性は芸術では強みです。作者がコンセプトを説明できないことも多く,見る側が作家の好みや感性に気づき,作者が生きてきた様子を経験や感性を総動員して想像する楽しさがあります。

現代アートとしての世界や日本での展示

 デュビュッフェのコレクションは’76年にスイス・ローザンヌ市に寄付され,この分野では初めて公開されました。コレクターで映像作家のブルーノ・デシャルムは,’99年にパリで創設したabcdアソシエーションのコレクションを,2021年に仏ポンピドゥー・センターに寄贈しました。昨年,サンフランシスコ近代美術館は「クリエイティブ・グロース」という障がい者のためのアートセンターの作品を展示し,作品を100点以上,当時50万ドルで購入しました。そのコレクション展では,ジュディス・スコットというダウン症の作家の作品が,ルース・アサワなど注目の作家と一緒に紹介され,多様性と包摂性を問うターニングポイントとなりました。ニューヨークではアウトサイダーアートに特化した見本市が,25年以上開催されており,日本のパイオニアである小出由紀子事務所が日本のアートを紹介してきました。
 国内では’21年にリニューアルした滋賀県立美術館が公立美術館として唯一,アール・ブリュットを収蔵方針に掲げて,年1回,企画展をしています。’02年に生まれた大阪市平野区のアートスタジオ「インカーブ」は,見本市「アートフェア東京」に出店したりグッズを制作してきました。「東京都渋谷公園通りギャラリー」は,ダイバーシティの理解を促進するための展覧会や鑑賞プログラムを開いています。
 私は今年1月に展覧会「ExploringⅡ-日常に息づく芸術のかけら-」で,障がいのある作家9人と現代美術の作家5人を紹介しました。身近なものを繰り返し描いた作品,糸や布,折り紙などの身近な素材を非凡な形とした作品,無限に繰り返すことで祈りに近い崇高な精神をたどる作品,文字を意味や規則から解き放った作品など,作品には共通して強度や創造性に高いものを感じました。

マーケットや企業,万博で紹介して支援

 私は大阪府のcapacious(カペイシャス)プロジェクトで,’15年から府内の障害のある作家を現代美術のマーケットに紹介しています。作品を販売して,作者の社会的参加を促し,就労支援につなげます。アート活動の事業所の平均賃金は月額2万円前後です。カペイシャスでは現在17人の作家が年2~3回,個展や企画展を開催しており,6月には中之島公会堂での見本市のART OSAKA2025にも出店します。ただし,この分野はマーケットの成立までに10年単位の時間がかかり,研究者や展覧会も少なく,日本では発展途上です。
 ’23年にスタートしたart bridge(アートブリッジ)は作品を高精細印刷の複製画にして,オフィスや店舗,公共施設に貸し出しています。貸出料の25%を作家に還元し,活動や自立を支援します。貸し出し先では作品を音楽ホールのロビーに展示したり,プラスチックの海洋汚染防止に取り組む企業が貝殻の作品を設置したり,プロサッカーのチームがチームカラーの作品を観戦する部屋に設置するなど,自社の活動に重ねて取り入れています。作品は空間を明るくして日々の癒やしや会話のきっかけを作り,いろいろな作品を試すことで共感や賛同の輪をシェアできます。アートを介した文化支援と社会貢献で,共生社会の創造の一助にもなっています。
 Art to Liveプロジェクトは昨年,大阪府とスタートした関西・万博に向け障がいのある方のアートを現代アートとして認知を広げる事業です。7月26,27日に万博のギャラリーWESTで「アートを社会で活かす」というタイトルの展示やワークショップを行います。
 私は障がいのある方の芸術的な才能を社会が享受して,より良く活かす活動をしてきました。才能ある作家が美術文化を通じて社会で生かされる環境の整備にも尽力していきます。
(スライド・映像とともに)