早稲田大学卒業後,1992年入社。外信部,政治部を経てワシントン特派員。政策研究大学院大学博士号。2006年度ボーン・上田記念国際記者賞,’09年度平和・協同ジャーナリスト基金賞。長期連載企画「核カオスの深淵」で‘24年国際文化会館ジャーナリズム大賞ファイナリスト。「newsランナー」コメンテーター(月曜),「インサイドOUT」キャスター(第2、4金曜)も務める。早稲田大学客員教授。
私は毎週,夕方のニュース番組でスタジオに座らせていただいておりますが,ジャーナリストも政治家と同じく一本のろうそくにならなければいけません。自分の命を燃やして,社会の隅で苦しむ人や困っている人の声を聞き,より良き社会,素晴らしい未来を残す精神でコメントしています。一本のろうそくが次のろうそくへと広がれば「燈燈無尽」です。
昨年は選挙が多く,イギリス,フランス,岸田総理が退陣された日本の総裁選と総選挙,アメリカ大統領選挙がありました。イギリスはスナク前首相が大敗しました。フランスのマクロン大統領は少数与党なので政権運営が難しいところです。バイデン率いる民主党のハリス副大統領はトランプに敗れました。総じて現職受難の年でした。共通項はコロナ明けで経済が急に回復してインフレが進み,ウクライナ侵攻で油の価格が上がり,市民の暮らしに大変な影響を与えたことでしょうか。さらに欧州やアメリカには移民の問題があります。昨年を一文字で表現するなら,静と動の「動」ではないでしょうか。
今年は「トランプ2.0」です。さらにイランとイスラエルの直接衝突の懸念があります。もしイランがホルムズ海峡を封鎖して,石油タンカーが足止めを食らったら,日本のエネルギー価格高騰が再燃して,物価が上がるでしょう。トランプ大統領は昨年,暗殺未遂事件に遭いました。私は外交問題評議会で長年テロ問題を研究するポール・ステアズ氏に,この事件の評価と背景を尋ねました。彼からは「もっと早く起きていても不思議ではなかった」との返事がありました。政治の分断が進み,対話がなくなり,議論が先鋭化してお互いを信用せず,嫌い憎しみあう。彼は「長年にわたり,政治のリスク要素が増大してきた」と言っていました。
ステアズ氏は毎年,米政府内外の専門家2,000人に政治リスクについてのアンケートを出し、まとめた評価リポートを年明けに発行しています。去年1月のリポートではリスクのナンバー1が政治の分極化に伴うテロや政治的暴力でした。特に大統領選の前後は危険だと予測しました。二つ目は中東紛争の肥大化と深刻化。実際にイスラエルがレバノンに侵攻しました。三つ目は移民問題。メキシコとの国境に大勢の移民が押し寄せると予測しました。バイデン,ハリスが足をすくわれた要因でしょう。四つ目がウクライナの紛争拡大。実際,ウクライナはロシア領内を攻撃する事態となりました。五つ目が中台関係の緊張。昨年は台湾総統選で独立色の強い民進党総統が3期目を迎えて緊張が高まると予測しました。六つ目はイスラエルとイランの直接衝突。去年,史上初めて両国が相手の領土にミサイルを撃ち合いました。
私は25年前,上院外交委員だったバイデン議員の演説を聞きました。バイデンはフロアに降りて聴衆と同じ目線で演説を始め,一周しながら質問したり,オチを言ったりして盛り上げました。粗削りですが,激しく鋭くパンチが効いた演説でした。ところが去年の候補者討論会ではバイデンがほとんど反論できませんでした。言いよどみ,言い間違え,これはダメだなと思いました。私はハリス陣営のアドバイザーでもある民主党の大重鎮に話を聞きました。彼は「ディザスター(大惨事)だった、バイデン降ろしが始まるだろう」と言っていました。ただしバイデンが頑固で撤退までに4週間近くかかったので,民主党の貴重な時間を浪費してしまいました。(前述の)大重鎮に敗因を聞いたところ,トランプ陣営が民意をうまく読み取り,SNSで浸透したのが理由の一つ目。二つ目はハリスにとって(選挙期間)4カ月は短すぎたとのこと。民主党は新しい候補者をまともに選べず,ハリスの政策はバイデンの評判の悪かった経済や移民の政策と代わり映えしなかった。これに多くの人がノーを突きつけたのだと思います。
私はBS11の番組で,トランプ1期目の大統領補佐官だった共和党外交界の大物,ジョン・ボルトン氏にインタビューしました。彼はトランプ2.0のリスクのナンバー1は「関税」だと言っていました。彼が補佐官時代,経済担当のアドバイザーが「関税は小売価格に転嫁される隠れたタックスだ」と説明をしても,トランプは理解していなかったそうです。関税が発動されると小売価格が上がり,移民を追い出すと人手不足,賃上げが起き、さらに減税を続けると需要が増大し,インフレの3つの要因が重なります。アメリカのインフレ再燃はかなりリアルではないでしょうか。これからの4年間は不透明で不確実性が高いでしょう。
最後は日本の政治についてです。少数与党になった石破政権には,これから三つのハードルがあります。一つ目は,この1カ月で来年度予算を衆議院で通過できるか。国民民主党か日本維新の会かを賛成につけなければなりません。二つ目は,6月に野田・立憲民主党代表が不信任を出すかどうか。もし,その前の東京都議選で自民党・公明党が壊滅的に負けたら,衆議院解散は打てません。その場合,退陣の可能性があります。支持率は今,40%ですが,下がると石破首相は手足を縛られます。最後のハードルは参議院選挙で自民党・公明党が過半数を維持できるかです。一人区でどれだけ勝てるか,野田代表は手腕が問われ,石破首相には茨の道です。
米の歴史家マーティン・シャーウィンの言葉に「歴史は権力ある地位にある個人が特定の選択肢を選んだからそのように生じたのである」とあります。歴史は必然や偶然ではなく私たちが選ぶ政治家の判断で決まるということです。
(スライドとともに)