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2025年1月24日(金)第4,950回 例会

「しあわせ」とは 何か~薄幸の時代の生き方~

松 山  大 耕 氏

妙心寺退蔵院
副住職
松 山  大 耕 

1978年京都市生まれ。2003年東京大学大学院 農学生命科学研究科修了。’07年より退蔵院副住職。’18年より米・スタンフォード大学客員講師。’19年文化庁長官表彰(文化庁),重光賞(ボストン日本協会)受賞。現在,京都観光大使,京都市教育委員。ローマ教皇やダライ・ラマ14世など,世界のさまざまな宗教家・リーダーと交流し,世界各国で宗教の垣根を超えて活動中。

 妙心寺は650年前に創建された臨済宗,禅宗の総本山です。面積は甲子園が7個分という大変大きなお寺です。その一角にある退蔵院は1404年に創建されました。

成功と幸せは両立できるか

 昨夏,カリフォルニアのUCバークレー経営大学院の校長先生から印象的な言葉を聞きました。「大成功した人は山ほど見たが,本当に幸せな人はほとんどいない」。成功と幸せが両立できるかは,私の大きなテーマです。できないことはないが相当難しい,と思っています。
 京都大学の前総長の山極先生いわく,人間の定義は宗教を持つことで,それは人間だけが死を知っているからだそうです。あと何年残っているか不安を持つのが人間であり,その不安から逃れられないということです。
 幸せの参考になるのはヒマラヤの小国,ブータンです。九州ぐらいの広さで人口70万人のチベット仏教の国です。半年前,国際会議でブータンのダショー・テンジンさんに会いました。彼が若い頃に留学したアメリカで感じたのは「非常に豊かな国だが,あまり幸せそうな顔ではない。ブータンにはモノはないが,皆,すごく幸せそうだ。国の豊かさはGDPだけではなく,国民の幸せが評価されるべき」だそうです。実はこの方はGNH(グロスナショナルハピネス),国民総幸福量という指標の生みの親でした。以前,国連からブータンに使者が来て「ブータンのGNHで幸福度を上げる運動を世界に広めたい」と提案したが,王様は反対したそうです。それは,幸せの定義は国によって違うからGNHで比較を始めるとおかしな話になる,と言われたそうです。
 そうはいっても,あえて幸せを数式で表現すると「しあわせとは自分が得たものを自分が欲しいもので割る」となると思います。この場合,幸せの増やし方は2つあります。一つはより多く手に入れる。しかし,欲が勝ると幸せもすぐに落ちます。もう一つは欲しいものを減らす。仏教の教えの「足るを知る」です。この2つのバランスが大事です。
 私は,ブータンは「世界で一番不安がない」人たちだと思いました。タクツァン僧院という崖の中腹にある寺のガイドが「足を滑らして谷底に落ちても,川の魚が食べて輪廻(りんね)転生できるので大丈夫です」と真剣に言っていました。チベット仏教は輪廻転生の信仰がすごく熱く,死ぬ不安感が異常に低い。不安をなくすアプローチもすごく大事です。

なぜ私たちは幸せを感じにくいのか

 日本では働きやすさの指標は2000年から右肩上がりで改善していますが,働きがいのスコアは2013年ごろから世界を含めて右肩下がりで落ちています。考えられる理由の1つ目は比較社会です。例えば退蔵院と富士山とユニバーサル・スタジオ・ジャパンは,Googleマップの評価が同じ4.5ですが,同じ評価軸で測れるわけがない。食べログや転職サイトで常に人の評価を気にするのは,すごくしんどいことです。コストパフォーマンス,タイムパフォーマンスなど効率性を重視しても,私たちは豊かな社会を迎えられていません。非効率の塊である人生で無駄に思えることに生きる喜びを見出せるかどうかで,豊かな人生が送れるかが決まります。例えば,文化はお金も時間もかかり非効率ですが,文化的な活動は心を豊かにしてくれます。
 理由の2つ目には働きがいのスコアが落ち始めた2013年ごろにSNSが始まったことでしょう。インスタグラムは特に象徴的です。おいしいもの食べた,おもろいことをやった,映(ば)えるところに行ったという情報が山ほど来ます。お釈迦様の教えに「四苦八苦」という言葉があります。この「苦」は思いどおりにならない苦しみです。でも,それは皆見せたがらないので,素晴らしく充実した人生を送っているように見える。なんで皆こんなに幸せそうなのだろうと比較してしまう。相当きつい世の中から逃れられないのです。

今の世を主体的に生きる3つの方法

 1つ目は私の結婚式の時にいただいた「人生のVSOP」という話です。Vの20代はバイタリティ,死ぬ気でやる。Sの30代はスペシャリティ。Oの40代はオリジナリティ。Pの50代はパーソナリティを持ち後輩を育てる。比較社会の世にオリジナリティを持つのは大事です。2年前の東大の卒業式のスピーチで「どの分野でもナンバー1になるのはきついが,人がしない仕事を重ねていくとニッチな,その人しかないという分野が出てくる。そういう人生になると非常に爽やかだ」という話がありました。自分から比較対象を外れる生き方は理にかなっています。
 そして2つ目は,「自由」という仏教の言葉です。お釈迦様は「人によることなかれ,自らによるべし」といわれた。自分の感性で判断することが主体的に生きる重要なセンスです。
 最後が「先生」です。昨年,中学生に「お坊さんになって一番よかったことは何ですか?」と聞かれました。辛いこと,苦しいこと,死にたくなることもあるけれど,周りには厳しい修行を達成され,人格が完成した素晴らしい先生がいる。その先生に話を聞きに行くとそれとなく導いてくださる。社会の中で尊敬できる人は人生の道しるべになります。ハーバード大学経済学部教授のラジ・チェティは,子どもの成功に一番大事なことを検証しました。わかったのは,どこの学校で学ぶかはあまり関係なく,どこに住むかが一番大事ということでした。コミュニティで大人のいい言葉遣いや,いい振る舞いに触れることが,子供の一番重要な教育になっていました。これは大人も一緒です。自分の人生の師が今の生活にいれば,生きづらい世の中で重要な幸福のファクターになると思います。
 (動画・スライドとともに)