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2024年9月27日(金)第4,937回 例会

オートファジー:健康長寿の鍵を握る細胞の働き

吉 森    保 氏

大阪大学大学院医学系研究科
特任教授
吉 森    保 

大阪大学理学部卒。医学博士。ドイツ留学後,1996年基礎生物学研究所・大隅良典教授(2016年ノーベル生理学医学賞受賞)の助教授に着任,共にオートファジー分野を切り拓く。大阪大学院医学系研究科教授,生命機能研究科長,大阪大学栄誉教授などを歴任し,’24年退任。現在大阪大学名誉教授,医学系研究科特任教授。

細胞が持つオートファジーのシステム

 人間には細胞が37兆個あります。細胞の具合が悪いと病気になります。細胞の研究には,細胞同士の連携の研究と,細胞の中の複雑な仕組みの研究がありますが,私は後者です。細胞の中には人間の社会と似た仕組みがあります。例えば,発電所に当たるミトコンドリアはエネルギーを作ります。人間社会で人間が働くように,細胞の中で働くのは,たんぱく質です。さらに細胞の中にも発達した交通網があり,たんぱく質などを運びます。私はこの交通網の専門家です。
 オートファジーは,この交通網の一部であり,システムの名前です。細胞の中の物質を回収してリサイクル工場に運び,分解します。たんぱく質ならアミノ酸に分解して,またたんぱく質を作ります。そのリサイクルは効率がよく,ほぼ100%です。具体的には,細胞の中で「隔離膜」がつぼのように延びて,いろいろなものを包み込み,「オートファゴソーム」ができます。これが消化酵素を含む「リソソーム」のところに移動して,リソソームと融合します。すると消化酵素が中に流れ込み,たんぱく質などが分解されます。この一連の過程を「オートファジー」と呼びます。パックマンが細胞の中でいろんなものを食べて分解する,ということでいいと思います。
 オートファジーは,古くは1950年代に観察されていましたが,解析が難しく,長い間,研究は低迷していました。’93年に師匠の大隅良典先生がオートファジーに関わるAPG遺伝子を見つけたことが,この分野のブレークスルーとなりました。先生は’96年に国立の基礎生物学研究所の教授となられましたが,オートファジーが人間の健康に関わると予見して,哺乳類が専門の私を助教授として呼んでくださいました。先生の予見はよく当たり,オートファジーは病気や老化に密接に関係していることがわかりました。人類の福祉に貢献する可能性があるため,先生は2016年にノーベル賞を受賞されました。一番うれしかったのは,受賞の最初の記者会見で先生が「吉森と一緒に取るんじゃないかと思っていた」とおっしゃってくださったことでした。

細胞は新品になり,有害な物は壊される

 オートファジーの重要な役割は,第一に細胞の中身を入れ替えることです。人間がたんぱく質を食べる量は日に70gぐらいですが,エネルギーで消費されます。それとは別に240gが細胞の中で作られます。材料は細胞の中のたんぱく質なので,細胞の見た目は変わらず,量も変わりません。オートファジーがたんぱく質の分解を止める動物実験をしたところ,みんな病気になりました。
 例えば,伊勢神宮が2,000年経ってもピカピカなのは,20年に1回,完全に建て替えるからです。同じように細胞も毎日,数パーセントずつ入れ替わり,数十日で完全に新品になります。エントロピーを減少させて秩序を保つ,おもしろい仕組みです。
 オートファジーのもう一つの役割は,細胞の中の有害なものを壊すというものです。最初に見つけたのは,我々でした。これは病原体を攻撃する防御機能で,熊ノ郷会員が研究されている免疫反応の一つです。例えばアルツハイマー病,パーキンソン病などの原因のたんぱく質の塊を壊します。壊れたミトコンドリアとかリソソームなど,危険なものも食べてくれます。食中毒を起こすサルモネラ菌をオートファジーで包み込む映像は,我々の研究室が撮影して世界的に有名です。

オートファジーは健康寿命を延伸するか

 人間は年を取るとどんなに健康な人でもオートファジーの機能が低下していきます。原因は「ルビコン」というオートファジーのブレーキ役のたんぱく質が増えるせいです。ルビコンをなくした実験では寿命が1.2倍伸びました。それだけでなく活動量の低下,加齢性疾患,パーキンソン病,認知症の原因,加齢黄斑変性,慢性腎症,骨粗鬆症(こつそしょうしょう)が軒並み抑えられました。オートファジーが下がらないようにすれば,健康寿命を延伸できる可能性があります。
 例えば老化しない生き物が見つかっています。「ハダカデバネズミ」というアフリカのネズミは老化せずに長生きします。30年,人間でいえば1,000歳まで生きてパッと死ぬ。死因はいまだわかっていません。また死なない生き物はベニクラゲです。ある年齢に達すると若返り,赤ん坊まで戻って,人生をやり直します。私は死ななくなるのは嫌ですが,老化は止めたいと思います。人生最後の10年を何か病気で苦しむことは,個人のウェルビーイングにとっていいことではありません。
 生活習慣の改善でも,ある程度オートファジーの機能が上がることが,動物実験でわかっております。カロリー制限,腹八分目,早めの夕食,高脂肪食の抑制,適度な有酸素運動です。食品成分でもいろいろ見つかりつつあります。
 オートファジー分野は,研究は日本が今でも世界をリードしていますが,特許の数では韓国にもビハインドしています。このため還暦を過ぎて会社を作りました。味覚糖株式会社と共同開発したのが,ザクロの成分のサプリメントです。また個人のオートファジーをはかる診断,サプリメントの科学的エビデンスの認証もしております。一般の方の科学リテラシーを上げたいと書いた本は,8回重版されました。YouTubeの茂木健一郎さんとの対談では146万回も再生されております。高校生が,うちの研究室で実験をして,細胞生物学会で成果を発表しましたが,そのようなやる気がある子らを育てたいとも考えています。
(スライド・映像とともに)