1952年山口県生まれ。’76年一橋大経済学部卒業,日本経済新聞社入社。
カイロ・アメリカン大学留学後,バーレーン,ウィーン特派員,欧州総局(ロンドン)編集委員など歴任。’95年に帰国後,編集局次長兼国際部長,論説副委員長,執行役員,特任編集委員などを務め,2019年退社。著書に「中東激変-石油とマネーが創る新世界地図」(日本経済新聞出版)などがある。
トランプ政権発足,米中対立,ウクライナ危機と,いろんなことが起きてヒト,モノ,カネの自由だった世界の流れに「政治の壁」ができてしまった。グローバリゼーションの変質です。
日本かアメリカのメディアだけを読んでいると,世界の中でロシアが孤立化していると思われているかもしれないけども,国連加盟国だけでも200カ国あって,G7とEUが主導しているロシア制裁に加わっている国は40カ国程度。国連の決議でロシアを明確に支持している国は少なく,10カ国程度です。つまり,150カ国程は実はどっちつかずのままです。
G7が世界を主導し,それに追随しているような時代も実は終わっている。なぜかというと,一つは,世界の名目GDPのシェアで,1980年代はG7が7割ぐらいあったが,今は4割ぐらいしかない。G7のアメリカ,ヨーロッパ,日本は,この2~3年で崩れた秩序を立て直そうとしている。一方で,世界140カ国ぐらいのグローバルサウスは,世界の中で多くの経済的比重を占めるようになった自分たちの発言力が,より反映される新しい秩序を求めている。それは,中国やロシアという対極に与みするのと同一ではない。今のグローバルサウスには,アメリカのバイデン政権が言う「民主主義」対「専制主義」のようなゼロサム的二者択一の発想はない。
数年前までは米中対立が世界秩序の中心とされていたが,アメリカ国内が政党により二分され,リーダーたるソフトパワーを失っている状態です。
続けて,アメリカについて論じると,白人はトランプ支持が多いですが、大卒の白人ではバイデンとの差はありません。インテリでトランプはおかしいと思っている人はいっぱいいる。しかし,白人で高卒以下は圧倒的にトランプ支持。共和党は,2016年選挙のとき,白人労働者票獲得がカギだと認識した。民主党は都会のリベラル派,インテリの政党になったが,共和党は逆で,非インテリ,ブルーカラーの票を取らないと勝てないから,徹底的にそうやろうとした。
この変化の背景として,人口構造の変化がある。白人の出生率はすでに縮小気味。しかし,総人口は増えている。それは移民増加の影響。黒人はトランプには票を入れない。’40年代には,出生率では白人が逆にマイノリティになる。これまで誰も相手にしなかったブルーカラー票を取る政党へ,トランプ派の共和党が変わりつつある。
今のアメリカの経済政策は,「新ワシントン・コンセンサス」と呼称され,補助金と規制を中心としたブルーカラーへの経済政策が基本。カリフォルニアとかニューヨーク州は民主党が勝つ。テキサスは共和党が勝つ。だからこそ,7・8つの激戦州(スイング・ステート)を取ったほうが勝つため,トランプもバイデンも同じ方針を取っているに過ぎない。
中国を見ると,早い話が,経済的な発展と金をばらまく力で関係を構築してきたが,金を出すベンダー能力が低下している。「一帯一路」構想の中で,中国から金を借りて返済が滞ったらインフラを奪われるとか言うけども,中国が発展途上国に過去25年間で貸し込んだ膨大な金の何割もが不良債権化している。ここ数年は途上国向け融資が激減。融資も短期・高利になっている。国際的なサラ金化している。
中国に関して,去年のキーワードの一つに「ピークチャイナ」(頭打ちの中国)という言葉が出た。高度経済成長は二度と来ないと中国人自身が思い始めているから生まれた。これまで高度経済成長が続く前提で,製造業に投資を続けてきたが,突然内需の伸びがパタッと止まった。
ここで判明した習近平政権の問題は,彼は古い人間で,無形資産で動く経済を理解しない,価値を認めないことだ。国有製造業を優先し,アリババのような民間のデジタル産業を締め付ける。これは最高経営責任者自らが成長のポテンシャルを弱めている状態です。加えて,共産党支配の再強化を図っており,新興のデジタル企業内に,党組織を作らせている。個々の企業内に経営トップ層と,社内的上下関係とは別のヒエラルキーが存在することになり,ダメ会社の典型をつくっている。そして,周囲は習近平の昔の任地の秘書ばかり,イエスマンだけ。
こうした状況を背景に,米対中露が先鋭化しているので,国連のようなマルチ・ラテラル(多面的)な枠組みはもはや機能しません。今は数カ国単位のミニラテラルという言葉が国際政治上で流行っていますが,この枠組みが次々にできて複雑に重なり合っている。政治,経済,安保といった懸案ごとにパートナーを変えていく。私はこれを世界秩序の多重化だと捉えています。
ウクライナですが,ようやく今週,アメリカの下院が,ウクライナ支援だけ切り離して審議を始めました。ここ数カ月で米国の支援がなかったことで一気に劣勢になった。ほとんどが軍事援助だから自国の軍需産業に資金は落ちる。形を変えた景気対策で,お金が外国に流出しているわけではありません。それでも,ブルーカラーがもっと国内対策をしろ,と要求しているので波長を合わせているにすぎない。
イランは大戦争にならないように自制したけども,あれだけの数のドローンとミサイルが飛んできたからイスラエルも当然報復しなきゃいかんということで,ちょうど日本時間の4月19日の午前中に,イラン国内の数カ所で爆発が起きている。おそらく報復を始めたのだと思いますけども,重要なのは報復のターゲットです。例えば,核開発施設や石油施設だったら,相当刺激的なことを考えるリスクもあるということです。まだ,現時点ではわかりません。
(敬称略,スライドとともに)