1965年京都府生まれ。’89年京都大学経済学部卒業後,日本銀行入行。2013年福島支店長,’15年政策委員会室審議役,’18年総務人事局審議役,’20年政策委員会室長,’22年名古屋支店長を経て,’23年3月より現職。’23年5月当クラブ入会。
今年は相場変動が大きい1年でした。特に為替相場については,我が社もいろいろとご批判をいただきました。日本とアメリカの長期金利の差と為替レートの動きを並べてみると昨年3月からのアメリカの急速な利上げ開始と軌を一にするように,金利差と為替の相関性が高まっています。
アメリカでは直近12月13日に金融政策を決める会合が持たれました。その際公表された政策金利見通しをみますと,平均値で来年は3回ぐらい利下げがあるんじゃないかという予想になっています。ただ,インフレ率を目標である2%まで引き下げるには時間がかかるとの見方も示していますので,3回の利下げという予測がどうなるのかは,まだ不透明な状況だろうと思います。
一方,12月19日の植田総裁の会見では,2%という物価安定の目標実現に向けた確度は引き続き高まってきているが,今は賃金と物価の好循環を見極めていく必要がある段階との見解が示されています。同時に,来年の春闘の行方を注視するとの姿勢を繰り返し強調しています。
日銀大阪支店では,11月22日発表の「関西金融経済動向」において,関西経済は「持ち直しのペースが鈍化している」と表現しました。上向きの方向感は維持されていますが,その力強さと言いますか,そこが少し弱まっているというのが,11月時点での見方です。
その少し弱まっている部分が「輸出」で,「設備投資」,「個人消費」,「公共投資」はそれぞれ増加,あるいは高水準と評価しており,この3つの国内需要が持ち直しの基調を支えています。
この中で私どもの景気判断において重視しているのは個人消費です。このところ主要エリアの人出は回復していますし,飲食店の来店客数も,コロナ前ほどではありませんが着実に戻っています。インバウンドの活況もあってホテルの稼働率は高まっています。むしろ人手不足で収益機会を逸しているとの声も聞かれる状況です。関西国際空港からの入国者数はコロナ前の水準に到達したとみられますし,免税店の売上はコロナ前のレベルを突き抜けている状況です。高額商品が売れているようです。百貨店の販売額は関西の方が全国よりも大きく伸びています。阪神タイガース優勝セールの効果も大きかったと思っています。
一方で,ちょっと心配なのはスーパーの販売額です。食料品を中心に値上がりが続きましたので,消費の現場では節約志向といいますか,買い上げ点数が減ってきているとか安いほうにシフトしているという話が多く聞かれます。値上がり分を何とか補うだけの賃金所得の増加が期待されるところです。ただ,スーパーの売上自体が底割れしているということでは決してありません。今年の春闘での賃上げ率は大阪も全国も30年振りの高い伸び率でしたし,冬のボーナスも前年を上回っています。所得環境の改善が個人消費を支えている面もあるでしょう。
来年を展望する上で何がポイントになるかですが,一つは,足もと減速気味の海外経済がどう動いてくるのか,もう一つは,今は堅調な個人消費がこの先も続くかどうか,だと思います。
まずアメリカ経済ですが,これまでのところ個人消費が堅調で,国内総生産(GDP)も,あれだけ金利を上げているにも関わらず伸びています。このまま景気の大きな落ち込みを招来することなくインフレが抑えられていけば,世界経済にとっても好ましい状況と考えられます。実際,「アメリカの賃金と物価」をみると,金利を上げてきた効果もあるのでしょうが,消費者物価の前年比の伸び率は3%台まで低下しています。一時は8%ぐらいありましたが,伸びが鈍化し,目標の2%にある程度近づいています。その背景にある賃金の伸び率も,まだ高めではありますが,次第に低下しています。
この流れのもとで景気・経済が落ち込むことがないかという観点から懸念材料が2つあります。一つめは,今まで個人消費を支えてきたアメリカの個人の貯蓄が足もと減ってきている点です。コロナ禍のもとでの財政出動により,補助金や給付金が出ましたので,従来よりも多めの貯蓄ができ,消費を支えているという側面がありましたが,中・低所得者層において超過分の貯蓄が底をつきかけています。今までのペースで個人消費が持ちこたえられるかどうかが懸念材料の一つです。
もう一つ心配なのは,金利がこれだけ上がっている中で,銀行の貸し出しスタンスが変わってきている点です。金利が上がると銀行が持っている債券の価値が下がるなどして,銀行の財務内容が少し厳しくなります。すると貸出に慎重になり,その結果,投資をしようと思っていた人ができなくなる,お金を借りて何か買おうと思っていた人が買えなくなる,といった形で経済成長を阻害する可能性が出てきます。この点にも注意が必要です。
中国経済も過去のトレンドからすると減速気味です。背景として,不動産市場の調整が長引いている点が挙げられます。中国の個人資産に占める住宅の割合はそれなりに高いので,住宅の価格が下がれば,個人消費にも悪影響が及びます。二重の意味で,この住宅価格,不動産価格の動向は中国の重石になっている気がします。
来年の景気を見る上でのもう一つのポイントは,国内需要,特に個人消費の堅調が持続するかどうかです。現状,労使双方から賃上げに対する比較的積極的な声が聞かれていますが,こうした大企業の声がこの先中小・零細企業にも広がっていくかどうかも大事な点です。日銀としては,少しでも高めの賃上げ率が来年度実現していくことに期待感を持っています。
来年は新しいお札も出ます。皆さんにとって実り多い一年となりますことを祈念しております。
(スライドとともに)