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2023年9月29日(金)第4,895回 例会

ヘリテージの魅力をRE デザインする

西 澤  崇 雄 氏

株式会社日建設計 エンジニアリング部門
ヘリテージビジネスラボ ダイレクター
西 澤  崇 雄 

1992年 名古屋大学修士課程を経て,(株)日建設計入社。専門は構造設計,耐震工学。担当した構造設計建物に,愛知県庁本庁舎の免震レトロフィット,京都市新庁舎などがあり,歴史的価値の高い建物の免震レトロフィットに多く携わった経験を活かし,2016年よりヘリテージビジネスのチームを率いている。

 ヘリテージビジネスというのは,歴史的建造物を活用して街を魅力的にしていくものです。すべての歴史的建物が対象で,改修や新築の付加で価値を高め,新しい街づくり,観光との連携など広い範囲のことをやろうとしています。ヘリテージビジネスラボは2016年,弊社の新しいビジネスとして始まり,「観光で経済力をアップ」「得意を活かす」「社会的意義」を考えて取り組んできました。

魅力的な日本を将来に伝える

 「観光で経済力をアップ」ですが,ビジネスを始めるにあたり,経済的にしっかりした魅力的な日本を将来に伝えていきたい,残していきたいと思いました。さらに,われわれが培ってきた技術で何か貢献できないかと考える中で,観光に注目しました。
 国内の旅行消費額のうち訪日外国人によるものは,新型コロナ直前の’19年,2割にも満たない状況でした。ですので,残りの8割を超える部分をしっかりやることで,日本経済が内需で循環でき,足腰の強い経済を回すことができるのではないかと,ここに注目したのです。
 次に「得意を活かす」。われわれが培った技術をどう活かしていくかですが,ヘリテージと現代建築は相性がいいのです。例えばルーブル美術館は,あの歴史的な建物と透明なガラスのピラミッドの対比がとても美しく,意外と相性がいいのがわかります。
 もともと私はエンジニアです。スケジュールや費用,品質や,それを実現するためのコミュニケーション,人的資源などといったものについて,バランスよくマネジメントするというのが普段の業務です。また,極端に文化財が好き過ぎだということもありませんので,文化財に寄り過ぎずにうまく提案ができるのではないかと思っています。
 最後に「社会的意義」です。古い建造物の文化財指定が一段落し,近現代の建物を重要文化財に指定する動きが加速しています。
 こういった建物は,伝統的な木造建築と比較して使い続けやすい特徴があります。また,巨大な建物も多くて補助金で維持するのが難しい側面があり,活用しながら使い続けていくことが求められています。文化庁は’18年,「近現代建造物の保存と活用の在り方」という報告書を出しました。新しい構造物を誰が担っていくのかが問題になっていた時期で,ちょうどわれわれがここにうまくはまったと考えています。

新しい技術と観光への活用

 具体的な事例を紹介します。
 国の重要文化財の大阪府立中之島図書館は弊社のルーツと言える建物です。歴史的建物の魅力がよくわかる建物ですが,玄関を新たに整備して入れるようにしたり,書架を整備したり,カフェもあります。重要文化財でもこのような取り組みをしています。
 原爆ドームは「世界遺産を技術で対策」ということで,構造解析を行って補強を追加しています。オリジナルをできるだけ残すことのできる最小限の補強,という考え方で実施しました。
 京都市役所の新庁舎整備は「新築を付加して魅力をアップする」というプロジェクトです。新築の軒高を揃えたりして主張を抑えて,本庁舎を引き立たせています。街区全体の景観を整えることも考慮された建物になっているのです。内部では,古い天井を取り払ってオリジナルに戻し,見栄えをよくしたりもしています。新旧の調和です。
 二条城は,国宝の二の丸御殿や国の重要文化財の本丸御殿の周りに40棟ぐらい,活用のための建物があります。将来の継続的な活用を見据えてこういった建物を整備し,インフラ整備をする。「観光施設の活用整備」ということです。

建物に込められた先人の思い

 例えばタイヤメーカーのミシュランがなぜ「ガイド」を作っているのか。実は自動車旅行を広めるためで,自動車を楽しむ文化を作り出し,そういうライフスタイルをまずは開発するために作ったと聞いています。
 日本では,耐震性がなく暑かったり寒かったりする古い歴史的建物は,所有者が「お荷物」と感じている場合も多いです。ですが,その魅力的な活用事例を紹介して回り,活用する文化を盛り上げたい,と考えています。
 ネットのプラットフォーム「note」では,建物の見どころのほか,おいしいものも一緒に紹介する連載「イラスト名建築ぶらり旅」を展開しています。これは『はじめてのヘリテージ建築絵で読む「生きた名建築」の魅力』(日経BP)という本になりました。10月18日~11月17日には中之島図書館で「イラスト名建築ぶらり旅・原画展」もあります。
 この仕事で一番魅力的なのは,建物自体はもちろん,やはり先人の思い,昔の人の志の高いところです。
 中之島図書館は,住友吉左衞門友純さんが建築し寄付することを決めたというのですが,あのような建物が寄付でできているのは,驚くべきことです。
 松下幸之助さんのご自宅は,江戸時代の伝統的な木造工法で造られました。300年先に代表的な日本建築として保存されるものを造りたい,ということだったそうです。
 名古屋テレビ塔は,神野金之助社長の建設の主旨として,近代的な文化財とする目的により名古屋市の都心に設けられた,とされています。鉄塔が文化財になるとは当時誰も考えなかったと思いますが,実際,重要文化財になりました。
 また,関東大震災があったことで,もっと防災放送をしなければならないということから発祥した話もあります。私はそういったところにも非常に感銘を受けるのです。子供連れで観光した際,「テレビ塔は街を守るために建てられたんだよ」と説明できるのは非常に魅力的です。こうしたものを引き継いでいきたいのです。
 先人の思いを伝えるような観光ができると素晴らしいのではないか。遠い将来の発展を願った人の思い,そうした文化を伝えていきたいと考えています。
(スライドとともに)