大阪ロータリークラブ

MENU

会員専用ページ

卓 話Speech

  1. Top
  2. 卓話

卓話一覧

2023年6月9日(金)第4,881回 例会

ピアノで辿る世界旅行

川 上  ミ ネ 氏

ピアニスト・作曲家 川 上  ミ ネ 

愛知県出身。ミュンヘン国立音楽大,マドリッド国立音楽大大学院修了。クラシック音楽から出発した無国籍,無ジャンルの音楽を奏でる。コルドバのメスキータ,サンチャンゴ大聖堂など多くの世界遺産で演奏,国内では清水寺,春日大社でも定期的にソロコンサートを行っている。

 川上ミネと申します。自分でピアノを弾く曲を作って,自分で演奏している演奏家です。日本では多くのテレビ番組や映画音楽の楽曲を提供しております。NHKの番組の「猫のしっぽカエルの手」とか,「おむすびニッポン」とか,「やまと尼寺精進日記」などの音楽制作をしております。1年の半分以上暮らしているスペインでは,演奏会をメインにしています。

「壁崩壊」旅のきっかけに

 ミュンヘン国立音楽大学に留学していた3年目のときにベルリンの壁が突如として崩れて,音楽の世界が激変したんです。才能を持ったピアニストたちが,音楽家たちが,東欧諸国から雪崩のごとくやってきたわけです。自分の祖国や家族や財産を全部捨てて,当時の西ドイツに流れ込んできて,そしてその彼らが持っている技術でファストフード店でバイトするような値段でいくらでも演奏会を引き受ける。そのあたりから,自分は音楽をどうしていくのかというのを考えなくてはならないということに直面しました。
 私の音楽の道というのは,人を幸せにして,その聞いた人が,「ああ,これを聞いてよかったな」,あるいはなかなか思い出せないものに思いが届いたり,あるいは,「ああ,音楽を聞いて元気になったな」と思ったりするような音楽を奏でたいというのが私の最も大きな夢です。クラシック音楽だけをやっていた時期というのは,どうしてもその夢と自分のピアノが結びつかなかったんです。戦いに勝ち抜くみたいな感じの世界が,私の若い頃の大学を卒業するまでの音楽のイメージだったんです。だったらどうやっていけば音楽と仲良くなれるんだろうと。気がついたら旅に出ていました。

「未知の楽器」との出合い

 マドリード王立音楽院を卒業した後に,最初に行った国はキューバです。キューバの国立音楽大学に招待されて,1年間この大学で教えました。これがなかなかおもしろかったんです。音楽大学なのに鍵盤が88個そろっているピアノが1台もなかったんです。でもその子どもたちというのは,どんなにボロボロのピアノでも,それをベートーベンの音にしますし,バッハの響きも作り出すし,発想力というか,その柔軟さというのにびっくりしました。
 キューバで暮らした後,コロンビアに何ヵ月か行きました。アンデス山脈の標高4,000m以上のところに暮らしている「コギ族」のところに長期滞在していたんですけども,彼らが作っている楽器が笛なんです。音を鳴らすことによって,自然やアンデスの先住民たちの神々と一緒に行進をするという楽器で,ピアノとかヴァイオリンという西洋の楽器は自分を表現するための楽器なんですけども,中南米の先住民たちに会いに行くと,楽器もしくは音楽というのは,場所と調和して何かと会話をするためのツールみたいな感じなんです。
 ボリビアのアマゾン流域に「沖縄村」というのがありまして,かつて沖縄からの移民で小学校で子供たちが音楽の時間に三線(さんしん)を弾くんです。これがうまいんですよ。ボリビアの血が入った上で日本の血が入っているから,聞いたことのないようなすごい三線の響きを聞かせてくれたりしました。そして同じボリビアからチリの国境に向けて,今度はアタカマ砂漠を越えてアンデス山脈にも行ったんですけど,ウユニ塩湖というところです。乾季になると全部下が塩になって,もう360度全開の吸音システムみたいな感じです。普通は音楽スタジオに入らないと音がない世界というのは存在しないんですけど,このアンデス山脈のウユニ塩湖に行くと,もうどこまで行っても無音なんです。この静寂の音というのは,音じゃないのに音だなということを教えてもらった場所でした。
 そうやって,「ピアノって何?」と言われている世界があり,アマゾンの子どもたちが,移民の先祖が持ってきた三線で弾く村があり,そして音が全く存在しない静寂があり,そんな中で私はピアノでどんな音を弾くんだろう,弾きたいんだろうということを思いました。
 以前出会ったキューバ人のチューチョ・バルデースというピアニストがおりまして,この人との出会いというのが私の非常に大きな出会いでした。彼はラテンジャズというジャンルをつくった人でありこの人の音楽が,まさに私が探していた音楽とつながったんです。それは,楽譜にとらわれない,自分が思った音を瞬時に弾く,そこにいるお客さんたちとピアノを通して会話をする。そして,ピアノが鳴っている場所に雨が降れば雨と一緒に共演する,鳥が鳴けば鳥と絡んで鳥と会話をする。私はそれから,ラテンジャズではないにしても,ピアノを通して環境と一緒になるという音楽を目指したいと思うようになりました。

「豊かな音」を聞く日本人

 私は日本人はすごく音に目覚めている民族ではないかと思うんです。私が知っている国々の中で唯一日本は,虫の音を美しいと聞き,セミの声を聞くと,ああ,夏が来たなと思う。自然と音楽が全体になって聞ける民族だと思うんです。そういった音の作り方というのが,これからの音楽をすごく豊かにすると思います。毎年春日大社で演奏会,10月にやるんですけども,この鎌倉時代から立っている杉の木も,1270年前から建っている春日大社の気配も,風や鹿の声も,全部合わせてその音を聞く。それを聞くために,耳をすますためのツールとしてピアノがあるというのはすごくすてきだなと思うんです。
 そんな日本人である自分として,そして,この音のいろんなやり方を教えてくれているご先祖様というか,日本のその音のあり方に今改めて自分がこの年になって気づくような,そんな毎日なんです。そんな形で,私もこれからさらにピアノを弾きながら頑張っていきたいと思っております。
(スライドとともに)