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2023年5月26日(金)第4,880回 例会

デジタル革新の急展開 最先端科学技術を日本の成長機会に

五 神    真 氏

前東京大学総長
理化学研究所理事長
五 神    真 

1980年3月東京大学理学部物理学科卒業,’85年理学博士。’98年東京大学(以下同)大学院工学系研究科教授,2000年工学部物理工学科長。’01年大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター長。’10年国立大学法人東京大学大学院工学系研究科附属光量子科学研究センター教授,’14年大学院理学系研究科長・理学部長,’15年総長,’21年大学院理学系研究科教授,’22年より理化学研究所理事長。

 人間はやり過ぎた,成長を諦める,成長を止めて少し自戒した方がいいという風潮がある中で,若者をエンカレッジする観点からすると,新しい知を生み出す活力を引き出すために,「成長を諦める」というフレーズには極めて違和感がある。それよりも皆で成長の機会を作っていこうと機会あるごとに発信してきました。その鍵がデジタル革新,デジタル技術であることは間違いないと思います。

「成長を諦める」に違和感

 東京大学の総長時代に努力したのは,社会に対し大学が能動的に関わるということ。この10年で新しい技術が次々に出てきており,その一つ,量子コンピューターは,作ることも極めて重要ですが,使い始めることも同時にやらなければいけません。半導体に関しては,日本は久しく最先端チップを作るファウンドリを失っていましたが,日本の半導体基板の材料,製造する工作機械などは世界一。今,最強のファウンドリであるTSMC(台湾積体電路製造)の劉徳音会長と相談し,東大との間で包括協定を結びました。もう一つは通信で,通信容量を上げるために5Gの次の部分をどう作るか,その中で日本がどうリーダーシップをとるかを産官学民で連携して考えようという活動もしてきました。
 国立大学として初めて「40年債」を発行し,注目してもらいました。未来の投資のお金が動かなければ明るい方向には行かないだろうという時に,大学が受け皿になれるのではないかと。コーポレートファイナンス型の大学債を出すことに挑戦し,1号債として200億円発行しました。市場からは好感を持たれ,発行額の6倍以上の申し込みがありました。
 大学に資金循環を持ち込むという意味では,形のないものをどうやって価値化するかが大事。その一つが「笑い」だと思い,吉本興業との連携を進めました。形のないものの価値化といえば,子どもの頃はタダと思っていた水が今はペットボトルに入っているものを買う。これは市場的な意味での水の価値化で,形と価値の関係をもっと深掘りしなければいけません。私が子どもの頃遊んでいた多摩川は,当時は生活排水が主因で遊泳禁止の札が立っていましたが,環境系の運動や行政,浄化の技術がうまく連携でき,現在ではアユもすむ川になっています。環境も,いろいろと異なる人たちの努力によって価値を回復することができるという例だと思います。
 もう一つ,総長時代の仕事で紹介したいのが「産学の協創」。組織と組織でトップ同士がアグリーしてビジョンを作るところから進めようという連携の形で,大規模に協創を進めているのがダイキン工業です。キーワードは「空気の価値観」で,空気をどうやって価値づけるか。毎年10億円を超える額のお金を使っていろいろな活動をしています。

知恵の総動員が必要な局面に

 地球規模の課題,コロナウイルスはその典型ですし,温暖化も深刻になっています。何よりウクライナの問題。歴史の教科書でしか見たことがなかったような,先進国同士の武力を使った大規模な紛争が毎日報じられているのは衝撃です。これらは全て人の行動が鍵となっており,解決することが我々の世代の責任で,行動変容をどう促すかが鍵です。
 地球システム全体については,崩壊することが不可逆な領域に入っている。これをどうやって,科学技術と社会システムと経済を関連させながら良い状況に修正できるのかが問われており,それは手元にある知恵だけでは足りないというのが私の感覚です。あるものを最大活用する努力が必要で,今は知恵を総動員するというフェーズに入っています。
 安倍政権時に官邸で行われた未来投資会議に議員として参加し,日本の新しい未来像を「Society5.0」と名づけました。デジタル技術をうまく使うと,大量生産・大量消費のモデルではなく,個の多様性に対応するサービスをコストパフォーマンスよく提供できるのではないか。それはインクルーシブを追求するという意味で国連のSDGsに書かれたものと合致します。それによって自分の行動が他者にどう影響するのかをリアルタイムで感じながら行動や投資行動を決めていくことになれば,キャピタリズムの中にあっても全体調和につながり,自由を捨てなくていい社会が実現できるかもしれない。日本は率先してその旗を掲げた,といった議論をしていました。
 デジタル革新をうまく使い,地球環境にも良く,多様性を尊重する包摂的な社会を目指し,その中で成長を作る。ただし,デジタルがあれば自動的に良い社会に向かうかというと,そうでない面もあります。例えば,データの独占が起こると非常に大きな経済的パワーを持つことになり,やりたい放題になってしまうかもしれない。リベラルでデモクラティックな社会の中で成長しようという共通意識を守りながら成長するというシナリオは,努力しながら選び取るものなのです。
 昨年4月より理化学研究所の理事長になり,研究者の活動を見ていると,いいデータをたくさん作っており,それを解析する新しいアルゴリズムを考え,解析するとすごいコンピューターになる。しかし,それらがつながっていないことに気づき,つなげるためのプロジェクト(TRIP)をスタートさせています。

社会課題と研究をつなぐ

 ここ数年で特に大きな変化があるのは,半導体,AI(人口知能),量子技術です。それをグリーンの問題というのは,エネルギーの問題というより,我々の世代の所作を完全循環型に変えると捉える方が分かりやすい。それを格差なく活用できる包摂社会を目指すには社会課題と最先端の研究をどうつなぐかが大事です。サイバーとフィジカルをいかに融合・再融合するかが,新たな知恵の創出には重要となります。そうした発想を皆さんと考えながら,成長の機会を生み出す動きにつなげていければと思います。
(スライドとともに)