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2023年3月17日(金)第4,872回 例会

仕掛学:人を動かすアイデアのつくり方

松 村  真 宏 氏

大阪大学大学院 経済学研究科
教 授
松 村  真 宏 

1975年東大阪市生まれ。’98年大阪大学基礎工学部卒業。2003年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。’04年イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校客員研究員。’07年大阪大学大学院経済学研究科准教授。’12~’13年スタンフォード大学客員研究員。’17年大阪大学大学院経済学研究科教授。

 大阪大学経済学部で「仕掛学」という研究をしています。仕掛けは,人の行動を変えるきっかけとなるもので,それによっていろんな問題の解決に取り組もうとしています。

仕掛学で正論は禁止

 (スライドで1枚の写真を紹介)「ポイ捨て禁止」の大きな看板がドンと立っているのに,それでもごみがたくさん捨てられているという場所ですが,実は「看板を設置したらごみが増えた」という写真です。禁止の看板を設置したらごみは減ると思いますが,実際には増えた。意外性もあり,新聞記事にもなりました。有名な心理学のセオリーで,人は自由を束縛されると抵抗したくなるという「心理的リアクタンス」と呼ばれる現象,理論があるのですが,まさにそれを表しています。「ここに捨てるな」と言われたから捨てるという反動が起こっている事例なんです。
 ただ,それだけなら増える理由にはならない。捨てるのは普通の人。皆が捨てているところを見つけてそこに捨てに行く。皆がどこに捨てているのかと見渡すと,この看板が目に入るわけです。看板があるということは,「皆ここで捨てている」と言っているのと一緒になります。例えば,「立ち入り禁止」という看板も同じ。「ここから入れます」と言っているのと一緒です。見る人の視点が変わると解釈も変わり,ポイ捨てしようと思っている人からすれば,「じゃ,ここで」となる。だから,この周辺にごみが増えたのです。
 僕のメッセージは,「正論は通じない」ということです。社会の問題のほとんどは人が起こしています。解決する方法は簡単で,その人が行動を変えてくれたら解決する。けれど,変えてくれない。いくら正論で言っても行動を変えない人は,どうしても一定数います。それなのに世の中のアプローチが皆まじめ過ぎて,つい,正論でしか言わない。仕掛学では,正論は禁止。正論を使わずに,どうすれば人の行動を変えられるかを考えます。

正論の代わりに別の目的を提示

 大阪城公園に設置されていた吸い殻入れ。正論は一切書かれておらず,代わりに書いてあるのが「セ・リーグ優勝するのはどこ?」と。(プロ野球セ・リーグの)6球団分の吸い殻入れが並び,横にパ・リーグ版もあって12球団分がずらっと並んでいました。ファンには見返りを求めて応援する人はおらず,応援したいから応援しています。そういう人がこの吸い殻入れの前を通りかかったら,吸い殻で投票し満足して去っていくことが期待されます。はたからは,マナーを守っている人に見える。これが仕掛けの一番のポイントで,「目的の二重性」と呼んでいますが,正論の代わりに別の目的を提示してあげるのです。
 他にも例を紹介します。一見すると普通のごみ箱ですが,ごみを投入すると落下音が8秒ぐらいし,「ガシャン」と衝突音がします。投入口のセンサーが反応して音を再生しているだけなのですが,道行く人の多くはもう一回聞きたいと思い,周りを見渡してわざわざごみを拾いに行きます。使いたいからごみを拾う,逆転の発想が自然と起こり,結果的にポイ捨ても減るというアプローチです。
 これは一見別のアプローチですが共通しており,東京都杉並区は住民に花の苗や種を無償で配っています。住民からすると住む街が花できれいになってうれしいし,そういう場所でポイ捨てはしにくく,ポイ捨ても減る効果が生まれます。このアプローチには別の効果もあり,世話するために住民が外に出る時間が増え,地域の人と顔を合わす機会が増えることでコミュニティーが復活するという現象が起こります。そうなると悪いことをしようと思う人が近寄らなくなる。空き巣の減少につながり,防犯対策にもなっています。
 欧州の事例。運河のきれいな国は,それが観光産業になっており,日々の清掃が大変です。これ(写真)が面白いのは,掃除をしている人は清掃業者ではなく観光客です。お金を払ってボートに乗り込んだ人が喜んでごみを拾っています。観光客はこの街のファンなので,街がきれいになることに貢献できるのが多分,うれしい。ボートでのごみ拾いはこの人たちには新しい体験で,やってみたくなって楽しいと思う人が多い。観光客は喜び,運河もきれいになる,大成功しているツアーです。一見無駄に見えるようで,立場を変えるとやってみたいことになる。日本では例えば,雪かき。したことのない都会の若い人らには貴重なアクティビティになりえます。

立場を変えると見方が変わる

 僕が取り組んだ事例を少し紹介します。大阪大学附属病院のエントランスに,(ローマにある著名な彫刻の)「真実の口」のオブジェを設置しました。高さ2mの箱に顔を付け,口に手を入れたくなるだろうと中にアルコール消毒器を仕込みました。設置したのはコロナ禍の前。それまで来院者の0.6%しか消毒しなかったのが,設置後に10%程度まで増え,話題になりました。これを甲子園球場に置きたいという話があり,阪神タイガースのマスコットキャラクターの真実の口バージョンが登場しました。秀逸なのは,「本当の阪神ファンならアルコールが出ます」と書いてある。アルコールが出てもらわないと困る,出てくれるまで手を入れたくなる,出たら認められたのですごくうれしい,といったファン心理をうまく利用した仕掛けになっています。
 最後に,ごく最近の事例。受動喫煙防止法が施行されて少なくなった喫煙所ですが,中に人がいたら入りたくないという喫煙者が多いらしく,外側で吸う人が増える問題が発生しました。マナーをよくしたいと依頼があって造ったのが,この「光学迷彩型喫煙所」。鏡の柱を38本立てました。鏡に周りの景色が溶け込み,少し変わった空間に様変わりします。道行く人が気になって見たり,写真を撮ったりする。喫煙所を使う人が中に入って吸おうと変わってくれるのでは,と期待して造りました。
(スライド・動画とともに)