1941年第14代刀匠河内國助次男として大阪で出生。関西大学卒業後に人間国宝宮入昭平(相州伝)に入門。東吉野村平野に鍛刀場を設立。伊勢神宮第六十一回・第六十二回式年遷宮大刀,鉾を制作。最高賞高松宮賞,文化庁長官賞他受賞多数。人間国宝隅谷正峯(備前伝)に入門。’88年無鑑査認定。2005年奈良県無形文化財保持者認定,石上神宮で鋳造七支刀復元。’14年「正宗賞」受賞,黄綬褒章受章。’19年旭日双光章叙勲。
近年,女性を中心に刀剣がブームとなっており,博物館やお寺などで刀を見る機会が増えてきました。でもそのときには単に光っているなぐらいしか見られないと思います。先月,京都で展覧会をしたのですが,ほとんどの人は刀の知識が少ないんです。本日は,三つのことだけ覚えて帰ってください。
まず確実に覚えて帰っていただきたいのが刀の飾り方です。飾ってある刀は,刃を上にしているか,下にしているか,という区別があります。刃を下にして飾ってあるときは「太刀(たち)」,刃を上にして飾ってあるときは「刀」となります。
刃を下に飾る太刀は,時代が古くなります。刃を上に飾る刀は,室町時代からとなります。そして太刀は刀より長くなります。太刀は馬に乗って戦う時代ですから,馬からは相手が遠いし,片手で扱います。刀の場合は,腰に差していますので,そんなに長くはできません。それに刀は両手で持って戦います。
長さは違っても,目方は一緒です。同じ重さで長くしようと思ったら細くなります。短くするとき,刀は厚くなります。実際の重さは,どちらもバット1本ぐらいです。
神社の奉納刀などに例外はありますが,どこかで刀を見たときに,刃が下にしてあったら鎌倉時代,刃を上にしてあったら室町末期から江戸時代に入って,というのが基本となります。
刀の見方には,「姿を見る」「地鉄(じがね)を見る」「刃文(はもん)を見る」の三つがあります。この三つの見方で,大体刀はわかります。
まず,姿を見るときには,刀の一番下を持ち,手を伸ばして真っすぐに立てて下から見ていきます。先ほど言った通り,時代がわかります。刀が長かったら古い,短かったら新しいものとなりますので,どこかで刀を見る機会がありましたら,下から刀を眺めてわかったような顔をしてうなずくんです。次は,地鉄を見ます。鉄の色を見ると,少々難しいのですが,刀の産地がわかります。たとえば岐阜の関で作られた刀は,白っぽく見えます。水墨の世界のようでわかりにくいですが,じっくり見るとだんだんとわかるようになります。三つ目の刃文の見方として,裸電球などに向かって刀の表面をかざすと,様々な模様が現れたり,消えたりします。我々はこの刃文から鍛冶屋は誰かなとわかります。
一番下を持って手をまっすぐに伸ばしたら,「この人,刀の姿見てるな」「時代探っているな」と我々はわかります。そして引き寄せて鉄の色を見て,さらに刃文を見た後に,わかった顔をしてうなずいたら,「この人,刀を見ることができるな」と思うんです。
名刀と鈍刀の違いを少しだけお話ししましょう。まず,名刀は形がいい。それは比べないとわからないのですが,いい形とは,刃の線によどみがないということです。刃の線を目で追っていって,目がどこかで止まったら鈍刀です。それと,「地鉄が白けてる」って言うんですが,何となく深い色がしない刀は鈍刀です。刀にも色があって,やはり青い感じがするのが名刀となります。刃文についても,「刃が冴えている」と我々は言いますが,くっきりと浮かび上がっているものが名刀です。何となくぼけてるな,はっきりしないなというのはやはり鈍刀です。まとめると,刀の形がいいこと,地鉄が青く見えること,刃文が冴えていることが名刀の条件で,この三つがそろえば,まず名刀です。そのことは覚えておいてください。
現代でも刀剣にちなんだ用語が日常会話にたくさんあります。例えば「折紙付き」。これが実際の「折紙」で,奉書紙を半分に折ったものです。室町時代から始まり,この刀はどれぐらい値打ちがあるのかが書かれています。名刀には当然,折紙が付けられますが,付けられないものに「札」が付けられました。ここから,悪い人のことを「札付き」と呼ぶようになりました。
刀で一番大事な金具のところを「目貫(めぬき)」と呼び,金で彫刻したものなど,一番いい材料を使っています。刀装で一番にぎやかなところになり,街の「目貫通り」は,ここから来ています。
「相槌を打つ」という言い方は,鍛冶屋が仕事をしているときに,相手に叩かせるために自分が相槌を打つところから,「調子を合わせる」「納得をする」という意味になります。
最後に我々の悩みをお話しします。刀を作るための材料に松炭があります。25~30俵の炭が必要です。今日は妻もここに招待されていたのですが,炭切りをやってくれています。25俵ぐらい切ろうとすると4~5日かかります。若い人が弟子入りしてくれても,今の人はなかなか炭切りやってくれません。自分で25俵もの炭を切りながら刀を作るのは,なかなか追いつきません。
弟子は年4,5人来てくれますが,刀を一振り作るのに,150万円ぐらいで買ってもらわないと採算は合わないです。20代,30代ぐらいの若者が一人前になって刀を作っても,絶対に150万円では売れません。いいところ50万円ぐらいです。そうすると次の仕事がもうできません。刀はもう無理な職業だろうなと思います。
松炭自体少なくなっています。1俵4,000円近くします。炭は目方で買いますから,軽い松炭を炭焼きの人たちもあまり焼いてくれません。松炭は少し軟らかい炭ですが,これを使わないと刀ができないんです。
それから藁も必要です。アク水を作って,それで鉄を沸かしていきます。その藁がなくなってきました。農家ではこの頃,藁を細かく刻んで田んぼに入れてしまいます。藁がないわ,炭がないわで,大変な時代になっています。鍛冶屋が大変であると,少し頭の隅に置いておいてください。
(スライドとともに)