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2022年2月25日(金)第4,823回 例会

アサヒビールのマーケティング変革

松 山  一 雄 氏

アサヒビール(株)
専務取締役 兼 専務執行役員
松 山  一 雄 

1960年東京都生まれ。’83年青山学院大学卒業。鹿島建設,サトーを経て,米ノースウェスタン大学ケロッグ校で経営学修士号(MBA)取得。’93年にP&Gに入社し,ブランドマネージャーとしてマーケティングに従事。
2001年サトーHDに復職,’11年代表取締役社長・CEO。’18年9月から現職。『マーケター・オブ・ザ・イヤー2021』大賞受賞。

 3年前に前職を退任後,ご縁があってアサヒビールに入社しまして,いろいろな改革を進めております。マーケティングをきっかけに,組織の風土とか組織そのものを変えていこうじゃないかというお話をさせていただきます。

お客様を見てビジネスをする

 今まで最も影響を受けた経営者を1名だけ挙げるとしたら,P&GのCEOだったA.G.ラフリーさんです。私はP&G時代,六甲アイランドに住んでおり,阪神大震災で被災しました。当時,アジア・パシフィック全体のトップをされていたラフリーさんと3ヵ月間,寝食を共にし,いろいろなことを学びました。記憶に残るラフリーさんの言葉に「Consumer is Boss」(お客様がすべて)と,「The Moments of Truth」(真実の瞬間)があります。一人一人のお客様とわれわれ会社の接点は,ほんの数秒しかない真実の瞬間であり,そこで選ばれるかどうか,選んでいただいたとしてもまた次に買っていただけるかどうかを意識しないといけないよと教わりました。
 私がアサヒビールに入社する前からビール類の国内市場は右肩下がりでした。縮小する市場なのに企業間のシェア争いをしているという印象があり,あまりエキサイティングな業界ではないように見えていました。うまいビールをつくれば売れるという状況ではなく,消費者にとって一番ワクワクするような会社にしていきたいと考えました。
 入社して驚いたのは,営業マーケティング会議で,店頭販売価格,実勢価格が最安値であることがとても良いという評価だったことです。外資系ではありえず,カルチャーショックを受けました。私から提案したのは,お客様を見てビジネスをしよう,イノベーションを起こして会社のファンを増やしていこうということでした。「お客様主役の統合型マーケティング」をやろうとしています。
 「ビールが最高にうまかった瞬間のエピソードを教えてください」というリサーチを行い,そこから出てきたのが,2019年のCMです。「人生の喜怒哀楽に寄り添うビール」というテーマで,俳優の中村倫也さんと菅田将暉さんの若いお二人に出演していただきました。動画をご覧ください。「ビールがうまい,この瞬間がたまらない,その瞬間に人生のいろいろな思いが詰まっている」というようなストーリーにしました。以後,われわれは商品だけを訴求するようなCMはほとんどやっておりません。

偶然の産物だった生ジョッキ缶

 昨年,商品供給でご迷惑をおかけしてしまいました「スーパードライ生ジョッキ缶」がどう生まれてきたのかをご紹介します。実は偶然の産物でした。10年前に蓋が全部開くフルオープン缶ができましたが,あまりおもしろくないということでお蔵入り。4年前には別の担当者が,自然に泡が出る缶胴を塗料メーカーと一緒に開発しましたが,こちらもおいしそうじゃないとお蔵入りしていました。2年半前,この2つの技術を組み合わせればお店で飲むような生ジョッキが実現できるのではという話が出てきました。
 ただ飲む瞬間に完璧な泡を出すことが課題で,商品化を一度ギブアップしましたが,泡が吹きこぼれてもある程度は目をつぶっていただける可能性があるんじゃないかと考え直しました。気持ちよく泡が出るためにはお客様のヘルプをいただくことになりますが,お客様との共同作業で完成する商品を楽しんでいただこうと上市しました。
 眠れない日々を過ごしていましたが,ある朝,お客様相談室に1通のメールが届きました。「めちゃくちゃ吹きこぼれて事故るけど超楽しい!クレームどころか攻略したくなる‼」という内容に,泣いている社員もいて,私自身も目頭が熱くなったことを覚えています。

一番必要なのは一歩踏み出す勇気

 ここからは,「アサヒ生ビール(通称マルエフ)」と,「スマドリ(スマートドリンキング)」の話をさせていただきます。マルエフは吹田が原点です。1986年に発売されましたが,その後スーパードライが非常に売れたので,生産販売をそちらに集中させるという経営判断がなされました。
 このビールをコロナ禍の時代によみがえらせようと思ったきっかけは,「不要不急」ということで本当に大切なものが切り捨てられているのではないかという疑問でした。弊社から,「日本にぬくもりを取り戻したい」というメッセージを出すためにマルエフに白羽の矢を立てました。辛口のスーパードライ一本足打法からの脱却という側面もありますが,まろやかなうまみを感じる,あたたかい気持ちになれるビールとしてこれからも育てていきたいと思っています。
 さらにこれからの時代,飲める人も飲めない人も,飲みたい時も飲めない時も,自分の体質や気分に合わせて適切なお酒やノンアルコール飲料をスマートに選択できる飲み方,「スマドリ」が尊重されるべきです。スマドリの普及は,酒類メーカーとしての社会的な責務と考え,これまでにない多彩な商品やサービスを次々と提案していきます。
 昨年来,生ジョッキ缶やマルエフなど,いろいろな商品を出してきましたが,一番重要なことは,一歩踏み出す勇気かなと思っています。社内で結論が出ていなくとも,やってみて,市場からの反応を見ながら軌道修正していく形がいいのではないでしょうか。皆さまへのメッセージとしては,勇気と覚悟を持ち,何をやるにしてもお客様を真ん中に置いておけば,われわれの悩みはほとんど消えるのではないかと考えています。
(動画・スライドとともに)