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2021年7月30日(金)第4,798回 例会

ESG不動産へのValue Up

古 川  伸 也 氏

日建設計コンストラクション・マネジメント(株)
取締役
古 川  伸 也 

1990年日建設計に入社(建築意匠),2000年頃から,設計・マネジメント・ライフサイクルコンサルティングなど多様な活動へ。’06年設計室長,’08年(株)日建設計コンストラクション・マネジメント(株)へ移籍。’13年同取締役就任。

 30年ほど前に日建設計に入社し,建築のデザインを専門に活動してきました。その後,既存の建物のリニューアルなどを多く手掛けるようになり,2008年に日建設計コンストラクション・マネジメントに移籍した後は,建設プロジェクトにおけるマネジメントや各種コンサルティングなどをしています。

ESG分野で日本は周回遅れ

 最近,脱炭素の話題が新聞紙面で大きく取り上げられています。2050年までのCO₂排出ゼロという目標はとてもハードルが高く,一見不可能に見えます。一方,非常に大きな自然災害が国内を含めて各地で起きており,一刻の猶予も許されない状況です。カーボン・プライシングなどの仕組みがどんどん作られており,自前での対応が後手に回る企業は,後々大きな経済的な負担になるのも時間の問題でしょう。SDGs,ESGに関連する国際的な動きを見ると,日本は周回遅れです。
 日建設計グループは今年,「気候非常事態宣言」を出しました。弊社の企業活動に起因するCO₂排出量をゼロにすること,ロードマップを提示すること,身近なカーボンニュートラルの仕組み・アイデアを提供すること,評価のシステムを構築すること,それらをクライアント様と共有して社会に発信すること,以上5つの取り組みを既に始めています。
 建物の環境性能は近い将来,不動産の価値そのものに反映されていくことになると思います。環境性能の高い不動産にはプレミアムがつき,逆に性能が低い不動産は割引の対象となります。不動産の環境対応が努力目標ではなくて義務になっていくのは間違いなく,今から準備を始めなければいけません。
 建物は,時間がたつと劣化します。「物理的劣化」,いわゆる老朽化は,補修・修繕すれば復元することが可能です。一方,時代とともに建物に求められる要求性能も高まっていきます。すると相対的に建物の陳腐化が起こってきて,私どもの造語で「社会的劣化」が進みます。これらの劣化に対し,本日のテーマである「Value Up」という概念をもって,今の建物を時代に合った形で機能向上を図っていく取り組みが必要になってきます。建物のリニューアルプロジェクトにおいては,補修・修繕,それからValue Upを総合的に盛り込んだリノベーションで一挙にこれらの問題を解決していくことが非常に効果的になっていくと思います。

ESG Valueの高い建物が選ばれる時代

 そもそも建物のValueとは何でしょうか。建物の価値は,私なりに整理すると,社会性・環境性・安全性・機能性・経済性という大きく5つのくくりに網羅できます。そのうち機能性・経済性は,建設投資やビルの保有を行う側としては今まで重要だと捉えられてきました。誰でもハイスペックなものをより安くと考えるのは当然のことです。社会性・環境性・安全性はかつてはきれいごとのような感覚で扱われてきました。しかし,これこそがESG関連のValueと言える項目で,投資家やテナントはこれらのESG Valueを踏まえた建物を選ぶ時代になってきました。
 環境化に向けたリノベーションのための5つの方策も整理しました。一つ目は「省エネルギー」で,省エネはさらに「外部負荷の低減」「高効率化」「自然エネルギー利用」という3つのカテゴリーに分けられます。省エネに加えて,長寿命化を図る「ロングライフ」,環境影響の少ない材料を積極的に利用していく「エコマテリアル」,リサイクル素材を活用したり,廃棄物を減らしたりする「リサイクル・廃棄物削減」,緑化の促進や周辺環境への配慮,生態系の保全を目指す「環境保全・景観形成」といった方策が挙げられます。
 Value Upプロジェクトの推進においては,初期段階で確かな課題設定,それに基づく明確な戦略を持って設計工事を行っていくことが大切です。人が医者にかかるのと一緒で,まずは建物に聴診器を当てて現状を把握し,それを踏まえた手術の計画,処方箋を作って実際の執刀,処方を行っていくといった流れでValue Upを進めていくことが肝心と思います。つまり現状をつぶさに確実に把握して,課題をちゃんと抽出し,それに対して効果的な手は何だという戦略を立てていく。これがあって初めて,設計やら,工事やらというものができるのではないでしょうか。

サツマイモで空調効率アップ

 具体的な取り組みについてご紹介します。皇居にほど近いビルのリノベーションでは,東京都心のコンクリートジャングルに比べて夏場3~4度低い気温になっている皇居の緑をつなぐという緑化プロジェクトを行いました。別のプロジェクトでは,建物の外壁側に陶器でルーバーを作り,内部に水を通してその気化熱で建物の周りを涼しくしました。
 また,あるビルの屋上では,空調の室外機の周りにサツマイモを水栽培で植えました。夏場は葉っぱが生い茂り,ここを通った空気は若干涼しくなるため,空調の効率が1割ぐらい向上。秋にはお芋ができ,クライアント様が芋焼酎をつくってテナントにお配りをしているそうです。
 電子デバイスの大規模工場のプロジェクトでは,建物の長寿命化と耐震性能の確保が目的でした。こういった平べったい建物の耐震補強は,屋内側から天井に筋交いを付ける方法が一般的ですが,建物内にはクリーンルームや精密機器などが入っており到底できません。そこで建物の柱を屋根の上に伸ばして,屋上に筋交いを建てました。工場の操業を止めずに,工事を終えることができました。
 社会性・環境性・安全性という大事な性能を長持ちさせた良質な不動産,建物を次の世代に渡していきたいと思っています。
(スライドとともに)