大阪ロータリークラブ

MENU

会員専用ページ

卓 話Speech

  1. Top
  2. 卓話

卓話一覧

2021年5月28日(金)第4,791回 例会

野球の脳科学

柏 野  牧 夫 氏

NTT コミュニケーション科学基礎研究所
NTT フェロー
柏野多様脳特別研究室長
柏 野  牧 夫 

1964年岡山県生まれ。’89年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了,2000年 博士(心理学)。1989年日本電信電話(株)入社。NTTコミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部長等を経て,2018年NTTフェロー,’19年柏野多様脳特別研究室長(現職)。現在,東京大学大学院教育学研究科客員教授,東京工業大学工学院情報通信系特定教授を兼務,日本学術会議連携会員。
平成28年度文部科学大臣表彰科学技術賞受賞。

 多様脳特別研究室というのをやっているのですけれども,その名のとおり「多様性」ということを主眼にしています。人それぞれ,脳の働きも体の機能も違います。それが端的に表れるのがトップアスリートだろうと思います。もう一つは「潜在的な」という言葉がキーワードになっています。

リアルワールドから研究開始

 普通の脳科学研究と違うのは,実験室からではなくて,リアルワールドからスタートする。スポーツの場合は,トップアスリートの方々にご協力いただくことができていまして,野球もメジャーリーグの某球団と一緒にやっていましたし,ソフトボールはSOFT JAPANという日本代表の強化もお手伝いさせていただいている。
 スポーツの中で何をやっているか。大きく分けると2つです。1つは技の問題,もう1つはメンタルです。
 (桑田真澄氏の写真)「技」で非常に大きな問題になってくるのが「主観と客観のズレ」です。桑田さんはカーブの名手なので,カーブの投げ方を聞いてみました。教えていただいたのは,「カーブだけは確かに難しい。なぜかと言うと,仲間外れだから」。ストレートというのは,空手チョップみたいに出てきて,リリースの瞬間に正面を向いて,ここで落ちます。スライダーとかシュートとかは大体同じ。ところがカーブだけは逆で,かつ「リリースするときに,ボールの向こう側を中指で下にこする,と同時に手前側を親指で上に跳ね上げる」。実際にうちの研究室で測ってみた。まず,腕の振り方が仲間外れじゃないのです。ストレートと同じように振られていきます。それから,こすっているのは人差し指です。親指は離れています。これをご本人が見てすごく衝撃を受けて,「これ,本当ですか」という話なのです。
 体をどう動かしたらこうなるということに関するイメージが,桑田さんのものと,私のものと,当然ですけど違うわけです。この「主観と客観のズレ」というのは,桑田さんみたいなトップレベルの人でもある。プロもそこの部分をうまく橋渡しをしてやれば,もっといいピッチング,あるいはバッティングができるのではないか。

ストレートは曲がっている

 ストレートは真っすぐかと言ったら,これはMLBが公開しているデータですけども,大体三塁方向に20センチぐらい曲がります。人間の構造上,手が斜めに出ますから,横方向の成分というのはどうしても乗る。マシンとピッチャーの映像をピッタリ重ねる。右ピッチャーの映像の場合と,鏡にした左の映像を重ねる場合,同じボールが逆方向に曲がって見える。右の映像をこのピッチングマシンに重ねると,ちょうど三塁側に曲がってきたものを真っすぐと感じる。逆に左の映像を重ねると,一塁側に曲がっているのを真っすぐと感じる。プロとか社会人野球のバッターにやってもらうとそうなります。つまり,錯覚するのです。ところが素人を連れてくると,そんなことは起こらない。プロとか社会人野球の選手は,ピッチャーがこういうフォームで投げたらこういうふうにボールが来るというのはもう予測していて,そこからのズレに対してはものすごく敏感なのですけど,その絶対値みたいなものは意外とわかっていない。
 次に,バッターはそもそもどこを見ているのだという話。プロの選手にアイカメラを付けまして測りました。(途中までボールを追っていた目線が,ミートする位置に先回りする映像)プロの1軍選手何人か,2軍選手何人かでやっているのですけど,大体皆同じ。1軍選手は目が先回りし始めるのが大体インパクトの0.1秒前。ところが,2軍選手は0.2秒前です。
 去年大活躍した前田健太投手ですが,チェンジアップとスライダーの分岐点が非常にバッターに近い。これを操れるかどうかというのは,脳の特性からするとクリティカルで,できていないとバッター側から言うと十分余裕があります。これが0.1秒よりも向こう側で分岐したら,バッターはヤマでやるしかない。それに対応できるかが1軍で通用するかどうかなのです。
 うちに来た1軍の選手に,「目をどういうふうに動かしていますか」とか聞いても,誰一人正確に言えた人はいないのです。できる人は何も考えないでもできている。反応がいいとか言うときに,よく反射神経がいい,あるいは動体視力とか言うのですけど,そんなの関係ないです。何が関係あるかというと,「予測能力」なのです。しかも予測ということは,脳内にその現象に対するモデルがあるからですけども,そのモデルがどうなっているというのは本人は知らない。だから「潜在的」ということです。

ソフト日本代表はVRで学習

 うちはSOFT JAPAN強化の中でVRを提供しているのですが,アメリカのピッチャーの詳細なデータを作っています。フォームがどう,配球はどう。それを体験することによって,潜在的な学習を進めるということをやっています。
 ここからメンタルの話をしようかと思ったのですが,時間がなくなってしまいました。
 こういう研究というのは,広く皆さん,国民一般に広げていけるような話じゃないかと。能力・個性を発揮するとか,あるいは失敗してどう対応すればいいか考えるうえで,非常に重要なヒント,あるいは技術というものをつくり出していけるのではないかなと考えております。
(Zoom参加で卓話,スライド・映像とともに)