1963年生まれ。’85年上智大学仏文科卒業。’88年一橋大学大学院国際関係論修士修了。’94年ハーバード大学大学院ケネディースクール公共政策修士修了。’85~’86年度ロータリー財団奨学生としてフランス,ストラスブルグ第三大学欧州高等研究所留学。米州開発銀行に2001年まで,世界銀行に’14年まで勤務。EY(Ernst and Young)気候変動とサステナビリティー部門アドバイザリーを経て,’20年10月より現職。
気候変動の影響は台風の増加や豪雨リスク,干ばつ,そして温暖化などですが,間接的な影響もあります。貧困,飢餓,伝染病,資源,特に水資源が枯渇し,それを巡る紛争も起こっていくのではと予測されております。
産業革命以前の地球の平均温度に比べた温度上昇を,2100年の時点で2.0度未満に抑える,できるならば1.5度未満に抑えることが生態系を守っていくことだと研究で言われております。では2.0度,あるいは1.5度上がるとどうなるか。北極の凍解,海面の上昇。動植物の絶滅で生物多様性が破壊される。穀物や漁獲量もかなり減る。
ダボス会議で有名な世界経済フォーラムが出す「グローバルリスクレポート」の2020年度版は,世界の最重要リスクの4つを気候関連リスクとしました。気候変動緩和の失敗,異常気象,生態系の破壊,自然災害です。
ビジネス界では今,「座礁資産」がよく語られます。市場や社会環境の変化で価値を大きく毀損する資産のことです。減損処理が必要で,企業には大きな痛手です。現在,全世界の企業が保有する化石燃料系の資産を集めると,二酸化炭素排出量で見れば約2,800Gt(㌐㌧)と言われます。パリ協定の世界,つまり温度上昇を2.0度未満に抑えるためには,使える資産は約600Gtです。残りの2,200Gtは座礁資産になる恐れがあると言われ,特に石炭に関連して投資家の撤退が起きています。
ここからは,資本市場での動きから気候変動をご説明します。今は,企業価値の大きな部分が財務情報には現れにくい無形資産から生み出されているという時代です。アメリカのS&P500の市場の時価総額をみると,2015年にはそのうち9割ほどが無形資産から生み出されたという研究結果があります。
無形資産の典型的なものはEコマースの顧客数やソーシャルメディアの会員数,ゲームや音楽のストリーミング・プラットフォームなどです。これらが巨額の富を生み出しています。昨年8月にはアップルの時価総額が2兆ドルを超え,世界一だったサウジアラムコを超えました。
この無形資産と気候変動の関係ですけれども,例えば企業が気候変動に対応する戦略の強靭性やリスク管理能力,経営者の能力といったものが,企業の無形資産として投資家から評価されます。
しかし,これら無形資産の価値は計量化できず,比較や評価が可能な形で情報開示されていないので,経済活動の血流である資本が本来投資されるべき優良企業になかなか流れない。これを受けて,気候変動が企業の事業にどのようなインパクトを及ぼすのかを分析し,開示していく枠組みなどを提言したのがTCFDという団体です。提言は2017年に出ました。企業に向けては提言に基づく情報開示の基準も出ています。この中で気候変動の影響を財務情報として出すこと,その事業インパクトの分析にはシナリオ分析を用いることを推奨しています。日本でもTCFD提言に基づく開示をする企業が増えています。
企業からはよく2点のご質問を頂きます。まずこの情報開示のメリットはあるのか,もう1つはコストや人材をかけてシナリオ分析するほどのメリットはあるのか,です。
前者ですが,企業自らが情報発信しなければ,投資家は第三者が発信した情報に基づいて企業価値を勝手に判断する時代です。正しい情報を積極発信して正しい判断へと導くことが重要です。ブラックロックやGPIFといった機関投資家には,気候変動を投資の判断に入れる動きが広まっています。
気候変動のシナリオ分析のメリットですが,ピーター・ドラッカーは「計測できないものは管理できない」と言っています。計測して初めて,どういった分野にどれだけのインパクトがあると理解できる。そこで初めて経営戦略や事業計画の見直しができます。
気候変動に対応する経営戦略のキーワードは「不確実性」です。コロナ以前には「気候変動のような不確実なものは経営戦略に取り入れられない」といったご意見も経営者からよく伺いました。ただ,不確実性そのものであった感染症のパンデミックが起き,「不確実性をマネージできる経営能力こそが企業価値を差別化する」と変わってきています。
そして,この不確実性のマネージに使われてきたのがシナリオ分析です。米軍で開発され,ロイヤルダッチシェル社が戦略に使ったのが始まりだとされます。同社はシナリオ分析をしていたがために,1973年のオイルショックでも競合他社より損失を少なく乗り切ることができたと言われています。
従来の戦略の考え方は過去のデータと経験則を基に,その延長として3年後,5年後を考えていく。しかし不確実性の時代に対応するためには「未来から学ぶ」戦略立案が重要視されています。想像力を駆使し,複数の異なる未来の世界像をまず構築する。複数のシナリオで,想定される未来世界で自社が成長しているためには今の時点で何をすべきなのかをバックキャストで考察する手法です。そして,どのシナリオでも重要な戦略的要素があぶり出されてくる。それを今の事業戦略・計画に反映し,強靭化を図ります。
日本企業はこの気候変動を通して起こる経済社会の変化をチャンスとし,事業拡大につなげていただければと思います。
(Zoom参加で卓話,スライドとともに)