中国の研究者の父親の影響で,東洋史学,人類学を経て『黄砂の越境マネジメント-黄土・植林・援助を問いなおす』の著書では,環境問題と援助のあり方を問い直すことを提起。近年は「タガメ女」「カエル男」などのキーワードで,日本社会のアメリカ的価値観を批判している。著書『香港バリケード-若者はなぜ立ち上がったのか』では香港の民主化にも注目している。
香港の「国家安全維持法」,そして一国二制度はどういう状況にあるのか。本日の話はそれらを交えて,大阪や関西経済が今後,どんなふうに関わっていくのかを一緒に考えるきっかけとなればと思っています。
香港は1997年に英国から返還されました。返還交渉で,鄧小平は「一国両制」と「港人治港」(香港人による自治)を打ち出し,50年変わらずに運営されるとサッチャーに約束した。中国国内の舵を開放経済に切りながら交渉した鄧小平の戦略勝ちだと思うのですが,それで返還が決まりました。
返還後23年たちましたが,その間に直接選挙による立法会議員に北京政府の許可がないと立候補できないといった様々な制約が顕在化してきました。特別行政区の長官も香港市民によって選ばれない状況がずっと進行していました。香港人の自治が少なくとも50年間あるのかと思いきや,そうではない。いろんな軋みが起きていたということです。
特に2020年7月の国家安全維持法。北京政府が6月に開いた全人代で施行が決定されました。その条文は何と6月30日の夜中の11時30分頃に初めて明らかになり,7月1日に施行されました。「雨傘運動」や’19年の逃亡犯条例に対する運動など,香港の人たちが今まで抵抗していた事柄がほぼ全て灰燼に帰したと言ってもいいぐらいに,強力な法案が通ってしまった。「50年不変」という約束は,もはや終わりを告げたのだと思います。
これからどうなるかですけれど,まず学校で「普通話」(北京語)の教育を徹底する。かつて広東語と英語がメインだった香港の人たちは今,一応,北京語ができるようになっていますが,中国はモンゴル語やウイグル文化と同様に香港の人々の言語を圧縮しています。デモ隊にしても広東語でのコミュニケーションが非常に重要だったので,北京語に取って代わられるということは様々なコミュニケーション,そして人々の考え方を根こそぎ変えていくことがあり得るということです。
さらに,大湾区というグレーター香港のようなエリアに中国政府が大規模に投資することで,香港を一つの大きな南中国経済圏の中に埋め込んでしまおうという動きが活発化する。橋や高速鉄道といったインフラ整備がますます進行するだろうと言われています。
香港では行政長官らが「香港には三権分立はありません」と既に明言していて,言論の自由も徹底封殺する。例えば香港の人たちが携帯電話の裏に「幸福香港」という去年からのスローガンのシールを張っていたら,国家安全維持法違反だと逮捕することもできる。日本で有名な周庭(アグネス・チョウ)さんも,外国勢力と結託して政府を転覆させようとしたという同法違反の罪状で逮捕された。
これは国家の領域を超えたスーパー法規です。海外にいても海外の国籍を持っていても,中国の国家安全維持法に触れる行為を行えば,例えば私がもし反中国的なことを言ったとして,逮捕容疑を向こうが決めることができる。世界に対する一つの宣言ともいえるような法規が香港に出されている状況です。
間もなく開かれる予定だった立法会選挙も最低1年延期する。もしかしたら民主派議員が一定の議席をとることを懸念して,ずっとやらないかもしれない。そういったことも含めて香港の人たちが恐れていた事態がすべて早回しになりました。
きょうはその話だけで終わると暗澹たる気持ちになりますので,香港の人が日本に向けている眼差しをご紹介したいと思います。
香港の人口は750万人ですが,その中で年間229万人(’19年)が日本を訪問している。10回以上来ている人が全体の29.7%。つまり毎月のように日本に遊びに来ている香港人がたくさんいる。彼らは日本を,アジアにおける貴重な民主と自由のある国であると認識していて,食べ物がおいしくて物価が安くて,自然も美しい。さらに芸能,アニメ,音楽,ゲームなどソフト産業が非常に活発であると。
日本に来る香港人は圧倒的に大阪が好きです。東京よりも大阪のほうが気が楽だと言っていて,都道府県別訪問率の1位は32%の大阪です。東京は2位で,ディズニーランドのある千葉,京都,福岡と続きます。
若者へのインタビューでは,日本にもし来るとしたら懸念は,仕事があるかどうか,給料が香港より下がるんじゃないか,家族が行けるのかどうか,あるいは日本のやり方に適応できるかどうか。でも,欧米よりも行きやすくて,家賃も安いし行ってみたいなという,そういう思いを持っています。
日本では,香港の金融都市の移管に関して手を挙げるべきだという動きが盛んになっています。私は例えば神戸にリトル香港をつくってはどうかとか,あるいは大阪も含めて香港の人材を活かせる場をどんどんつくるべきじゃないかと提案しようと思っています。
香港の人材はマルチリンガルで,ITや貿易業務に強くて,非常に即戦力があって作業が速い。高収入の人も多くて,自分で投資しようという意欲も持って,今の資産を移したいという意欲を持つ人もたくさんいる。大阪にとっては,アジアの金融の新たな一つの中心地づくりに向けて非常に重要なチャンスが来ているのかなと思います。
(スライドとともに)