大阪ロータリークラブ

MENU

会員専用ページ

卓 話Speech

  1. Top
  2. 卓話

卓話一覧

2019年4月19日(金)第4,712回 例会

『場』の魅力 リユウとシクミ

中 村  光 恵 氏

合同会社リトルメディア 中 村  光 恵 

1973年生まれ。’98年日本大学理工学研究科修士課程修了。大学院時代から建築系出版社新建築社に入り,編集長を務めるなど建築雑誌の出版に携わる。2018年に独立,合同会社リトルメディアを設立。

 建築や場所をつくるということが,どのような「理由と仕組み」で成り立っているのか。そしてそのすばらしさについて,長年建築系のメディアに関わってきた視点からお話しさせていただきます。

人と人が気配でつながる「森山邸」

 まず初めにご紹介したいのが,私が実際に生活している東京都大田区の「森山邸」です。2006年に竣工した集合住宅で,設計者は西沢立りゅうえ衛さんという有名な建築家。1つの敷地の中に小さな建物がポコポコと分棟で立っているような不思議な立ち方をしています。13年前,まだ無名だった西沢さんに,建築好きの森山さん(森山邸オーナー)が直接依頼し,プロジェクトが実現しました。
 森山邸では,オーナーが4つの棟を使って住んでいて,敷地内にある5つの住戸に私ともう1人の単身者,あとは3組の夫婦が住んでいます。「同じ敷地内に複数人が住むなんてプライバシーがないのでは」とよく言われますが,そんなことはなくて,それぞれの棟が対面して中が見えないように,窓の高さや配置が工夫されているので普通に生活できています。
 それに,この住宅では実際に人の姿は見えないけれど気配は常に感じることができるので,すごくいいなと思っています。例えば,家に帰ると窓越しに,森山さんがテレビを見ている離れの明かりがチカチカ見えたり,隣の棟の明かりがつくと「今帰ってきたのかな」と感じたり,人の気配に囲まれるということが,安心感を持たせてくれます。
 実は,13年の間に1度,引っ越しをしようと思って他の集合住宅を見に行ったことがあるのですが,部屋に入った瞬間,隣や外の気配が全くない空間が逆に落ち着かなく感じてしまってだめでした。建築がつくる環境の力によって自分の身体感覚みたいなものが変わるんだなと,驚きと感動を覚えた経験です。森山邸のように,人と人が干渉しないような建築をつくることが逆に,人に影響を与える「仕組み」になっているのだなと。また,一般的な意味でのコミュニティーとは違う,気配で人と人がつながるあり方みたいなものをここは提示しているんじゃないかなと思っています。

建築には必ず「仕組み」がある

 これまでの概念とは全く違う建築の「仕組み」をつくるという事例をもう1つ紹介したいと思います。
 私がいま仕事で関わっている,賃貸住宅を手掛ける企業の建築のコンペティションについてです。一般的に賃貸住宅の賃料とは部屋に対してのもので,階段やエントランスなどの共有スペースは利益を生みません。そこでコンペティションでは,新しい賃貸住宅の「仕組み」を考えてもらっています。どうしても建築は形の提案になってしまうのですが,そこに「仕組み」が入ることで世の中に存在しているのだということを,学生にも知ってもらいたくて,このコンペティションでは一般部門のほかに学生部門も設けています。
 400点近い応募の中から今年,一般部門で最優秀賞を受賞したのが,大阪の空堀商店街を賃貸住宅と混合して変えていく「住笑混合賃貸」という提案でした。お笑いのスクール,お笑いを見ることができるシアターや舞台などを入れながら元気がなくなりつつある商店街の再生を図り,そこに賃貸住宅を加えて住まいとしてどう使っていけるかを提案したものになっています。
 一方,大学生部門では,各地に残る公団をリノベーションして温浴施設を入れ込み,新しい賃貸住宅の仕組みとしてつくっていくという信州大学の提案が最優秀賞を受賞しました。コンペティションで集まった提案は,必ず実現するというものではないですし,アイデアにとどまることが多いのが実際のところです。しかし,こういったことを仕掛けていくことで,建築は必ず「仕組み」があって成り立つものであるという意識を持ってもらいたいと思って続けています。

建築で街をつなぎ, 街を活かす

 次に,新たな「仕組み」を独自に考え出して,実際に街で実現している取り組みです。
 これまで資産価値がないとされてきた古い木造賃貸アパートを,重要な社会資源ととらえて再生し,様々なプロジェクトの実践の場として活用されている連むらじ勇太朗さんという若手建築家の方がいます。この方が今,「KOCA(コーカ)」「BRIDGE(ブリッジ)」「KUUCHI(クーチ)」という3つの拠点を東京の蒲田につくって街を変えていこうとしています。
 KOCAは,京急電鉄の高架下に駐輪場をつくる計画が進んでいることを知った連さんたちが,人が集まるワーキングスペースをつくろうと京急電鉄へ提案して実現したもの。今年の4月からプロジェクトが始まり,今後シェアオフィスやシェアワーキングスペースとして利用される予定になっています。BRIDGEは,橋の近くにつくられた工房併設型のシェアオフィスです。
 そしてもともと最初に彼らの拠点として始まったKUUCHIは,接道していないため建て替えが困難だった古い木造住宅を改修し,庭を街に開いた事務所です。さらにその横にある賃貸住宅も,1階部分を囲んでいる塀を取り払って空地としてつなげ,そういった空地を少しずつ増殖させていこうとしています。その結果,近所の子どもたちが路地を走り回ったり,ご高齢の方が抜け道にするなど,これまでとは違う出来事が起きているそうです。壁を取り払って見通しがよくなったことで街の治安や雰囲気が少しずつよくなっていき,コミュニケーションが生まれる場になっていく,そんな街づくりを彼は今進めています。
 誰かに頼まれたわけでなくても,自ら街の困りごとに目をつけて,どうすればそこに住む人々と街をつないでいけるか,街を活いかしていく「仕組み」をつくれるかを考えること,そしてそんな魅力的な「場」をどういうふうにつくっていけるかということが,これからの建築には大切なのかなと感じています。
(スライドとともに)