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2018年10月5日(金)第4,689回 例会

知的ゲームとAI,その闘いと受容

糸 谷  哲 郎 氏

将棋棋士, A級八段
第27期 竜王
糸 谷  哲 郎 

1988年広島市生まれ。小学4年で奨励会入りし,17歳で四段に昇格。関西若手四天王と呼ばれる強豪の一人。ニックネームは“怪物くん”。プロ入り1年後の2007年,大阪大学文学部に進学。大学院在籍中に竜王を奪取。一時将棋専念のため休学。後に復学し’17年3月大学院修士課程修了,修士(文学)の学位を授与される。専攻はハイデッガー・ドレイファス研究。

 昨今,将棋や囲碁,チェスといった知的ゲームで,AI(人工知能),または将棋ソフトや囲碁ソフトが頭角を現すようになってきました。簡単に歴史を振り返りつつ,その闘いと,今どのように受け入れられているかというお話をさせていただきたいと思います。

人間に圧倒的な勝利を収めるAI

 将棋というゲームはルールが非常にはっきりしておりまして,相手の王様を詰ませてしまえば勝ち。情報が全て見えている「完全公開ゲーム」です。「非公開ゲーム」は,例えば相手の牌がわからない麻雀,相手の手札がわからないことが多いトランプなどです。

 完全公開ゲームは,場合の数が多い。1局面につき,人間では計算し切れない数があって,AI開発の条件がそろっているといわれます。将棋1局面の指し手数は平均して80手ほど,平均終了手数が115手で,だいたい10の220乗通りあるそうです。チェスは似ていますが,持ち駒が使えませんので,将棋よりは少ない10の120乗通りです。囲碁は,将棋やチェスと違って盤が非常に広い19×19あり,10の360乗通り。単純に場合の数で比較すると,難しさは囲碁>将棋>チェスとなります。

 ソフトはチェスが一番初めに開発され,1912年に世界初といわれるソフトが生まれます。’97年,世界チャンピオン,カスパロフさんに「ディープ・ブルー」が六番勝負で勝利しました。以降もソフトは強くなり,2005年ごろにはちょっと人間が勝てないんじゃないかとなり,’08年からは対局は行われていません。

 将棋ソフトでは,’05年に出された「ボナンザ」が革命的な進歩をもたらしたといわれています。それまでのソフトは将棋が強い人にどういうふうに指し手を決めているのかを聞いて,評価関数を決めてきました。将棋AIと呼ばれるボナンザ以降のソフトは,全ての指し手を考え,指し手の評価は機械が学習していきます。コンピューターの処理速度が速くなったことと,メモリーが大きくなったのも,追加要因と考えています。

 将棋AIの利点はこの全数検索と,非常に大きいポイントとして,コンピューターは疲れてくれない。人間とは比べものにならない速度で経験を積める点も利点です。欠点は,今の評価関数は何万項目もの評価基準から作成されるので,ソフトを作っている人にもなぜこの手がいいのか理由を提示できないことです。

 人間と将棋AIの対局では,’16年の「第一期電王戦」,’17年の「第二期電王戦」でも人間側が連敗しました。囲碁でも,’16年の五番勝負で,グーグル社が開発した「アルファ碁」に韓国の李九段が1勝4敗で敗れ,囲碁界に衝撃を与えました。’17年5月には,アルファ碁が世界最強の棋士といわれる中国の柯潔九段に三戦全勝し,人間との対局は最後とすると宣言が出されました。

 不完全情報ゲームでは,’17年に「ヘッズアップノーリミットテキサスホールデム」というポーカーの一種でAIがトッププロに勝利を収めましたが,ポーカーはある程度ブラフ(ウソ)が必要なため,AI相手に戦略も組め,まだ勝負ができる段階です。

人間に残された強みは直感

 人間は普段,ランチのお店を探す際も,今日はあそこに行きたいなとか,スッと浮かんでくるわけで,決して周辺にある全ての店から一つの店を選び出す思考を経ていません。将棋でも,ある程度ここをこうしたいみたいな欲求が働いて,自然と数手に絞り込んでいる。その数手の比較で「将棋棋士の読み」は成り立っているわけです。詰将棋は,全数検索のきくコンピューターが非常に得意とする分野です。しかし,まれに直感でここをこうすれば詰めそうだという人間の判断の方が速い場合があります。今人間に残されている強みは,この「直感的な判断」です。

 プロ棋士とアマチュアの脳の活動を,理化学研究所や富士通の研究チームがfMRI(機能的磁気共鳴画像診断装置)で調べたところ,プロは大脳基底核の動きが活発化していて,アマチュアはこの部分がほとんど活動していないことがわかりました。プロは計算する前に,直感でその局面を判断する働きが非常に強くなっている。対して,アマチュアは「ベタ読み」というか,機械に近い判断の仕方をする。このことから将棋だけでなくいえるのは,職人さんとか,その行為に慣れた人であればあるほど,直感的に判断することができて,その働きが,まだ人間が残しているコンピューターに対する優位性ではないかということです。

人間の持つ物語性がおもしろい

 以前,ロボット研究者の石黒浩先生が対談で「AIは直感も獲得できるようになるんじゃないか」と話されていました。獲得して,絞り込んだ後に全数検索と,より高い効果を得られるようになるかもしれないと思います。

 では,将棋棋士はいなくなるのでしょうか?棋士として言うのもなんなんですけれども,将棋は人間が疲れるところも含めて,間違えるところにゲームの魅力があると思うんです。ファンの方々もタイトル戦や藤井七段の対局などを優先して見ていただいている。それは人間が持つ物語性がおもしろさをもたらすからなんです。将棋の真理を追求する者としては,残念ながらコンピューターに一歩を譲ってしまいますが,ゲーム,エンターテインメントとしての価値は存続するのではないか。これはほかの多くの分野でも言えると思います。

 ただ,人間が持つ物語性が脅かされる時,例えばアトムのような,皆に夢と感動を与えられるようなアンドロイド,ロボットが出てきたときにこそ,本当にその地位を脅かされるのかもしれません。

 (スライドとともに)