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2017年6月9日(金)第4,628回 例会

“プレバト”風 新聞講座

渡 会  文 化 君(新聞)

会 員 渡 会  文 化  (新聞)

1950年静岡生まれ。’74年毎日新聞大阪本社入社。編集局次長兼編集制作センター室長などを経て2005年制作技術局長,’07年代表室長。’08年執行役員大阪本社副代表,’09年に常務執行役員中部代表を務めたあと,’15年常務取締役大阪本社代表,’16年6月より専務取締役大阪本社代表に就任。当クラブ入会’15年12月。

 新聞記者が取材した記事がどういうプロセスを経て新聞という形の商品になるのか,この過程はあまり知られていません。今日は「才能アリ,ナシ」を判定するMBSの人気番組「プレバト!!」にあやかり,皆さんにも少し頭を使っていただいて話を進めたいと思います。

「軟派」と「硬派」

 新聞社には政治,経済,運動,社会など様々な「取材セクション」があり,これを受け取る「編集セクション」があります。昔は整理部でしたが,今は編集センターや編集制作センターと名称を変えています。編集セクションの中で整理部は,ニュースの価値判断をし,一面か社会面かというニュース面への割り振りをします。そして写真や見出しを決め,紙面を完成させるのが一番大事な仕事です。

 新聞は一面に続いて解説的な面,社説,経済,国際,文化面や運動面,地方版,社会面があって最後にテレビ欄がある。前の方の面を「硬派」,運動面,社会面を「軟派」と言います。硬派はファクトの世界で,ニュース価値を理性的に判断する。軟派はニュースのおもしろ味,感性,ドラマ性を重視します。

 ここから「プレバト!!」の開始です。こんなニュースを考えてください。奈良・天平時代の長屋王の邸宅跡から大量の木簡が出土し,分析したところ,全国から集められた税や天皇家に献上したと思われる荷札がたくさん出た。若狭の国からはイガイのすし,志摩の国からはアワビのワタなど,荷札には国名や献上品が書いてありました。皆さんならどう見出しをつけますか。

 「長屋王邸跡から大量の木簡 奈良時代の食生活が明らかに」や「奈良時代の食生活明らかに 長屋王木簡に献上品記す荷札」では「才能ナシ」です。実際の紙面は,東京本社版が「天平貴族はグルメイガイのすし,サメの干物 献上品の木簡が出土」で,これも「凡人」です。このニュースのおもしろさは「貴族ってこんなグルメだったんだ」という驚きです。大阪の紙面は「イガイのすし,アワビのワタ… 天平のグルメ舌鼓」と,宴会の様子が少し浮かびましたがまだ硬い。一応「才能アリ」としますが,もっと軟らかく「あおによし奈良の都のグルメたち アワビ肴にチョイと一杯」なんてどうでしょう。これ,私がつけたんですがボツになりました。

見出しに込めた思い

 著名人が亡くなったニュースで難しいのは,その人となりを載せる軟派です。美空ひばりさんが亡くなったら,どんな歌を歌い,どんな映画に出て,というひばりさんのすべてを表現するようなことを掲載しなきゃいけない。各社の見出しで私が一番気に入っているのは毎日新聞の号外で,一面は「美空ひばりさん死去 戦後芸能界の“女王”『悲しき口笛』『リンゴ追分』『柔』… 不世出の歌手52歳で」。号外の二面にある見出し「今宵は『悲しい酒』」は,「名人」ですね。この言葉だけで十分です。これは美空ひばりファンじゃないとできません。社会面はある意味,浪花節の世界,人情です。

 1974年,フィリピンで戦後29年戦い続けていた小野田少尉が見つかり,帰国しました。新幹線の車窓に富士山が見えると,小野田さんはぐっと身を乗り出した。編集者は見出しにただ一言「ああ富士山」とつけました。5文字が,小野田さんの思いをすべて象徴していると思います。新聞の紙面は事実だけではなく,編集者の思いも加えて届けているのです。

 軟派のもう一つの柱は運動面です。’89年に「大砲」として鳴り物入りで近鉄バファローズに入団した助っ人外国人ドッドソンはホームランが打てず,地位が危うくなりました。80年代は黒柳徹子さんの「窓際のトットちゃん」が800万部の大ベストセラーで,見出しは「瀬戸際のドッドソン」。編集者は常にアンテナを張り巡らし,流行語や流行歌などを使って読者にアピールできないか考えている人種です。そんな苦労を新聞から感じ取っていただきたいと思います。

「人間わざ」の強み

 最後に2つの例を紹介します。阪神淡路大震災で木造アパートが倒壊し,トラック運転手の夫婦が生き埋めになった’95年1月の記事「生き埋め夫婦 最後の会話」。2人は暗闇の中で励まし合いますが,次第に息が細くなってきます。見出しは「悪いなァ,俺の稼ぎが悪くて大きな家に住めへんかった」「そんなことないよゥ,あんた」。2人は8時間後に救出されますが,奥さんは亡くなりました。記者は,恐らく涙を流して記事を書き,見出しをつけた人間も涙を流してつけたと思います。

 同じ’95年,坂本弁護士一家の殺害事件は1歳2ヵ月の龍彦ちゃんも殺され,3人は富山,新潟,長野と別々の場所に埋められました。6年後にオウム真理教の犯行とわかってようやく遺体が見つかり,合同葬で3人の遺骨が初めて一緒になりました。遺族の坂本さちよさんが一輪菊の花を持って深々と礼をします。この社会面トップ記事には(見出しに)全く文字がなく,まるで喪章のようでした。担当者は何とかさちよさんの思いを言葉にしたかったのですが,どんな言葉も陳腐に思えた。最終的に全く言葉のない見出しになりました。賛否はありましたが,私は究極の軟派紙面じゃないかなと今でも思っています。

 新聞を読む人が減り,電車では今,ほとんどがスマホを見ています。新聞社もAIを導入して,「いつ,だれが,どこで」という簡単な見出しなら,恐らくAIがつくってくれると思います。しかし,読者の心に響く記事や人間ドラマは,人間わざでしかできないと私は思っています。新聞記者が読者の心を捉える記事を取材し,送り届ける限り,新聞はなくならないと信じています。

(スライドとともに)