1955年生まれ。’80年大阪大学医学部卒業,第一外科入局。’89年フンボルト財団奨学生としてドイツに留学。2006年附属病院未来医療センター長及び心臓血管呼吸器外科主任教授,’13年附属病院国際医療センター長,’15年日本再生医療学会理事長及び大阪大学大学院医学系研究科長。当クラブ入会’15年7月。
太ももの筋肉の細胞を培養した細胞シートを貼りつけて心臓の機能を高める治療法を2000年から開発してきました。薬事承認を受けて「ハートシート」という名前で製品化され,’16年からは保険診療が始まり,非常に進んだ形で治療を受けられる状況です。既に50人以上の患者にこの治療を実施しました。
今は患者の足の筋肉の細胞を使っていますが,’08年から山中先生とiPS細胞でつくる共同研究をしています。iPS細胞でつくった生きのいい細胞シートを心臓に貼りつけると,非常に心臓の回復につながるのではないか。様々な病気にこの治療が普及すれば,恐らく医療は大きく変わる。それを日本から発信できたら,というのが我々の大きな願いです。
再生医療の製品化に当たっては苦労もありました。行政が審査して承認する薬事法の仕組みの中では細胞シートは規格外で,医薬品でも医療機器でもありません。馬車の時代に自動車が出てきて,「自動車は人をひき殺すから走ったらダメ」と言うのではなく,信号やライセンスなどルールができて初めて発展したように,再生医療学会も新しいルールをつくって欲しいと活動してきました。
その結果,国会議員や省庁の賛同で「再生医療推進法」という大きな法律ができました。その中で再生医療安全性等確保法と,医療機器の審査をする薬事法の改正という,本当に山が動いた経験をしました。「再生医療の製品は条件・期限を付して早期に承認する」という世界で唯一のルールをつくってくれた。早く製品化されるので企業の投資回収や患者さんへのアクセスが早くなります。経済産業省は2050年に再生医療の国内市場は2.5兆円,世界市場は38兆円だとしています。私は今,再生医療学会の理事長ですが,再生医療は産業化が難しい。学会としてもオールジャパンでこれを推進するのが重要だと訴え,拠点づくりを進めています。
製鉄の町だったピッツバーグは,今はハイテクバイオの街です。サン・ディエゴもいろいろな研究所やライフサイエンス企業が集積し,経済効果,雇用を生んでいる。医療を中心に産業が起こり,街ができる例はアメリカに山ほどあります。日本の法律は世界で唯一の極めて進んだ法律でしたが,ついにアメリカも「21st Century Cures Act」という日本の再生医療法規制より緩和した法律を発表しました。日本が頑張っても,またアメリカに負けるのかという危機感すら感じます。日本の技術は高く,ルールはできても一致して皆で回る仕掛け,特に産業界の方も一緒に動く仕掛けができていないのです。
ただ,医療機器も規制を変えただけですごい産業が起こってくる。ヨーロッパでは「CEマーク」を得た医療機器の製品は,その国だけではなくヨーロッパ地域内で販売・流通することができます。アメリカは規制が厳しいため,世界中で開発された医療機器はまずヨーロッパ,特にドイツで試され,ドイツで承認されてアメリカに行く。ドイツはバイオテクノロジー,医療産業が右肩上がりで,医療機器は圧倒的にドイツです。今,再生医療製品の承認が一番早く日本でできるこの仕掛けを使えば,ひょっとしたら日本から再生医療製品が全部出てきて世界に回っていくかもしれないというのが再生医療学会の考え方です。
もう一つの話が「国家戦略特区」です。大阪は医療等イノベーション拠点になっていて,病床規制に係る医療法の特例,保険外併用療法の拡充,国際医療拠点における外国医師の診察の業務解禁などがうたわれています。CEマークのように規制を変えるだけで,世界中から集まる仕掛けが要ると大阪大学が提案し,大阪府から特区の内閣府に提案してルール化されたのが「世界の期待に応える早期実用化特区」で,特区内では医療機器が早く承認される。特に革新的医療機器などは特区で早く承認しようという仕掛けをどんどんつくる。減税などの規制緩和があればうまく回るかもしれません。三井住友銀行の予想では特区による経済効果は3.3兆円ということです。
中之島はもともと大阪大学があり,非常に由緒正しい土地です。これから鉄道も予定され,アクセスも良い。そこで再生医療学会が考えたのは,中之島にサイエンスとアートを融合して新しい価値を生むような「再生医療国際センター」の実現です。また,大阪大学の「中之島アゴラ構想」では,中之島4丁目の中之島センター周辺で行政が先端医療拠点をつくる議論をしています。そのコアは再生医療国際センターでいいんじゃないかという話があります。病院機能があり,再生医療を開発し,そこで試しながら,世界から人が来て,世界にこの技術を発信していく,そんな国際と名がつく拠点が重要です。
2012年にアメリカの「National Intense council」という組織が発表した「2030年までに世界に起こる変動」では,健康医療/ヘルスケアの近未来について,ゲノム医療,予測医学・先制医療,AI・Deep learning,ロボティクス,再生医療が大体実現されてくるとしています。未来医療の開発は非常に重要で,それを特区で活かして世界的な競争力を持つような中心拠点が要る。そこが新たな健康医療ビジネスが世界で一番生まれ続けるような街になることが,この未来医療と国家戦略特区のシナリオだと思います。このような世界医療産業が実現すれば,世界に冠たる中之島になるのではないかと考えています。
(スライドとともに)