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2017年3月24日(金)第4,619回 例会

未知なる時代を切り拓く力 ―灘校が目指す全人教育―

和 田  孫 博 氏

私立灘中学校・高等学校
学校長
和 田  孫 博 

1952年生まれ。’65年私立灘中学校入学,’71年私立灘高等学校卒業。’76年京都大学文学部(英語英文学専攻)卒業。同年4月灘中学校・高等学校英語科教諭,2006年4月同校教頭,’07年4月同校校長に就任,現在に至る。

 日本を背負ってもらう子どもたちを育てていくうえで,20年,30年後の日本がどうなっているかが見えません。五輪後のビジョンが不透明で,少子高齢化によって,それぞれが競い合う時代から,助け合っていかねばならない時代になってきている。そんなことを考え,これからどうしていくのかという話を,本校を目指す生徒の保護者にもしています。

未知の課題を克服

 AIが発達した末に,人間の仕事の半分がロボットやコンピュータによって行われるようになり,2045年には人工知能が人間の頭脳を超えるという2つの予測があります。一方で,これからの人たちにはAIによる恩恵があるはずです。AIやエネルギー革命による恩恵を,どのように人間に回していけるかを,身につけてもらわねばなりません。

 本校卒業生の前東大総長の濱田先生は,教育界でキーワードになっている「グローバル力」について,「海外と渡り合うだけの水平的なグローバル力ではなく,これからの見えない世界,未知なる変化にどう対応していくかがグローバル力だ」と定義されています。

 未知の課題を克服するため,どんな力が必要かを考えてみました。まず,課題にいち早く気づくことです。未知なる課題には専門的な知識はあまり役に立たず,普遍的な教養を含めた知識・技能を活用する。そして,多分1人では何もできない世の中なので皆で力を合わせる。そして,解決方法を考え出す。

 それぞれにどのような力が必要でしょうか。課題に気づくには好奇心・発想力。そして,初等・中等教育における普遍的な知識・技能が身についているかどうか。皆で力を合わせるには協働性が大切です。うまくいかないことの解決法を編み出すには,応用力や粘り強さが必要でしょう。こうした力をつけることが,今後の教育で大事だと思っています。

嘉納治五郎の教え

 日本の未来を創る絶対条件は,ガラパゴス的な日本標準からユニバーサルスタンダードになることです。真の国際的人材には英語力だけではなく,異文化とコミュニケーションをとる力が必要です。自国文化,日本の文化への憧憬は大切ですが,それに加えて異文化を理解すること。その意味で,基本となるのは中等教育だと自負しています。もう1つは,自分ではできないこと,不得意なことは他の人にも補ってもらってやることが大事で,他者の特徴を引き出すということです。

 本校は菊正宗,白鶴,櫻正宗という灘の3つの大きな酒屋が資本を出して創設されました。その時,菊正宗の親戚筋に当たられた嘉納治五郎先生に当校の顧問になっていただきました。嘉納先生は講道館を創設して柔術をスポーツの柔道につくりあげ,アジア初の国際オリンピック連盟委員になりました。世界に柔道を広めながら,1940(昭15)年の「幻の東京五輪」招致団の団長として,英語で最終プレゼンをして見事招致を勝ち取りました。そういう方に顧問として来ていただき,今の本校の教育につながっていると思います。

 嘉納先生の教えに,これは柔道の極意ですが「精力善用」「自他共栄」の言葉があり,本校の校是として自由な精神とともに今まで受け継がれています。

 「精力善用」は自己確立の問題で,自分の長所・短所をしっかり自覚する。長所は伸ばし,短所も克服して,自分の力を最大限に利用する。その中で「自分は捨てたものじゃない」という自己肯定感を育むことにつながります。同時に,有頂天になってもいけないので,他者の意見だけでなく自分の考えにも批判的な目で見つめる「クリティカルシンキンング」を実践しています。そういう余裕を与えてくれるのが本当の教育だと思います。

 もう一方の「自他共栄」で大事なことは,自分1人の力で今があるのではない,ということです。周囲の人々のお陰を感じたなら,恩返しは自分がさらに立派な人間になっていくこと,そして相手の個性も尊重することです。

 教育の中心となるこの2本柱が生徒たちに行き届くよう,本校では「学年担任団制度」をつくりました。様々な教科の先生が7,8人で1つのチームをつくり,入学した中一から卒業する高三まで,6年間同じメンバーで見て育てる点が最大の特徴です。途中で引き継ぎの必要がないため,学習指導では効率よくカリキュラムをつくれるうえ,生活指導面でも思春期や反抗期の変化に気づくことができ,生徒や家族との連携にもつながってきます。卒業する頃には,疑似親子,疑似兄弟のような関係が成立します。

自由・自主・自律

 もう1つの柱が「自由・自主・自律」です。本校の特徴でもある自由とは,非常に難しいものです。芥川龍之介の「侏儒の言葉」には「自由は山巓(さんてん)の空気に似ている。どちらも弱い者には堪えることができない」とあります。高い山に登ると空気が薄いので虚弱な人は堪えられませんが,同様に,自由も心が強くないとそれに溺れてしまって堪えることができないということです。

 本校は制服・制帽は随分昔になくなり,明文化された校則もありません。唯一の基準として「灘中生・灘高生らしく」があり,校歌の一節には「校是に心の鏡を磨き」という言葉があります。校是の「精力善用」「自他共栄」を常に心に持ち,自分の行動がその校是に合っているかどうかを考えて行動しなさいということです。行動基準も勉強方法も自分で考えねばならず,自由ではあるけれども,自主的に,自分を律していかねばなりません。

 「精力善用」「自他共栄」を進めていく中で,未知なる世界でも活躍できる生徒を今後も輩出していきたいと思っています。

(スライドとともに)