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2016年7月8日(金)第4,587回 例会

パーキンソン病とその近縁疾患

生 塩  之 敬 君(外科医)

会 員 生 塩  之 敬  (外科医)

1937年広島生まれ。’64年大阪大学医学部卒業。’68年モントリオール神経研究所脳神経外科レジデント,’72年大阪大学医学部脳神経外科助手,’74年スローンケタリング癌研究所脳腫瘍学研究員,’76年大阪大学医学部脳神経外科助手,’87年熊本大学脳神経外科教授,’99年熊本大学付属病院長,2003年大手前病院長,’13年同名誉院長。当クラブ入会’04年11月,健康を守る会委員長,米山奨学会委員長,S.A.A.等歴任。PHF/米山功労者。

 大手前病院でたくさんの方を治療させていただいている「パーキンソン病とその近縁疾患」についてお話しさせていただきます。

治療の鍵は神経細胞

 「ロータリーの友」6月号の山中伸弥先生の講演録に,ヒトiPS細胞から誘導したドーパミン産生神経細胞という大きな写真が出ていました。この細胞がどんなに重要であるか,パーキンソン病とどう関係しているかが今日の話の中に出てきます。

 パーキンソン病の一番の症状は「振戦」,震えです。特徴は,じっとしている時に震え,動かしている時には震えないことです。進行すると,筋肉の硬直が起こってくる。筋肉が伸びませんから,顔は「仮面様」,足を出そうとしても出にくいものですから「すくみ足」になる。そのうち全く動けなくなって,嚥下筋が障害されて食事ができないようになります。

 なぜこうなるのか簡単に説明しますが,脳の「運動野」という場所を切って前から見ますと,運動皮質があり,深部に線条体,淡蒼球,視床といった神経の集団があります。「基底核」と言うのですが,これが回路をつくり,運動がスムーズに行われるように調節しています。

 車に例えますと,線条体がエンジン,淡蒼球,視床がブレーキやアクセル,運動皮質がハンドルにあたります。

 もう一つ大切な基底核がありまして,これが「黒質(こくしつ)」というところです。「ドーパミン」という神経伝達物質をつくって,線条体に送り込み,運動回路がスムーズに回るようにしています。ドーパミンは車で例えるなら,エンジンオイルやブレーキオイルです。

 実は,パーキンソン病は,この黒質の細胞がなくなる病気です。減るか,なくなって,ドーパミンが線条体に届かなくなり,動きが悪くなる病気です。

 山中先生はパーキンソン病の患者さんからつくったiPS細胞でドーパミン産生神経細胞をつくり,患者さんに移植して治そうという研究をなさっています。これは未来の治療法で,現状はドーパミンを薬として飲んでもらいますが,副作用で飲めなくなると「定位的脳手術」という方法しかありません。

手術で劇的に改善

 70年ぐらい前から「脳深部凝固術」という手術が行われていましたが,最近,「脳深部刺激術」という新しい治療が行われるようになりました。

 「脳深部刺激術」について簡単に言いますと,アクセル,ブレーキ役をしている神経細胞に電極を入れ,リード線を皮下に通し,尖胸部にパルス発信器を置き,刺激します。プログラマーで操作でき,刺激条件をいろいろと変えられます。

 この治療をした方の結果を見ていただきます。この方はパーキンソン病の特徴が全部出て,日常生活に相当支障があります。立とうとしても筋肉が動いてくれない。歩こうとしても,足が出ない。姿勢反射障害もあります。特に回れ右は非常に難しい。症状が両側ですから,両側の基底核の刺激をします。

 術後を見ていただきます。今,刺激中ですが,患者さんの表情が出てきました。手の動きもスムーズになりました。全くできなかった後ろ向きの歩行もできるようになっています。

 もう一方の方は寝たきりですが,飲み込むための筋肉が動かず,栄養はチューブで受けておられます。日本画のプロで,入院される時に,もう一回絵を描きたいと言っておられました。全く知能は障害されておりません。両側性の振戦と,動けないという症状です。

 術後は,ほぼ正常に歩いておりますし,飲み込みも全く正常で,自分で食事をされています。日本画を描いて私にくださいましたが,一筆でスーッと竹を描くことも可能になったそうです。

青春取り戻す

 次は,パーキンソン病に近縁した病気についてお話しいたします。

 一つは「本態性振戦」と言い,原因は不明です。パーキンソン病では,じっとしていたら震えるのですが,これは逆で,何かしようとしたら手が震える。治療法は脳深部刺激術です。

 最後に,ジストニアという難病の話をさせていただきます。ドーパミン作動システムの破綻かと考えられていますが,本当の原因は分かっていません。

 症状としては,筋肉の持続性または反復性による異常な興奮,異常な収縮です。局所性と全身性があり,局所性には痙性斜頚(首がねじれる),書痙(手がこわばって書けない),職業性(例えばピアニストがピアノを弾こうとしても指がこわばって弾けない)があります。

 全身性のジストニアは,脳深部刺激術しか治療法はありません。

 この患者さんは5~6歳頃に発症しましたが,知能は障害がなく,友人に支えられながら大学にも通っておられました。

 両側に発信器を入れる手術を行い,脳深部刺激で正常な動きが回復しました。術後,失われた青春を取り戻すと言って,カナダの大学に留学されました。頭脳は明晰で,「たとえば,人は空を飛びたくなる:難病ジストニア,奇跡の克服」(講談社)という闘病記も出されています。非常にいい本で,患者さんがどのような思いでおられるのか,よく分かりますので,お医者さんや看護師さんたちに読んでもらっています。

 ご清聴いただき,誠にありがとうございました。

(スライド・映像とともに)