大阪ロータリークラブ

MENU

会員専用ページ

卓 話Speech

  1. Top
  2. 卓話

卓話一覧

2016年4月22日(金)第4,578回 例会

人と動物との共通伝染病の統御:新たに開発した技術

眞 鍋    昇 氏

大阪国際大学 学長補佐
教授
眞 鍋    昇 

1954年香川県生まれ。’83年京都大学農学研究科博士課程修了。その後,日本農薬株式会社社員,パスツール研究所研究員を経て’92年京都大学農学部助教授。2004年東京大学大学院農学生命科学研究科教授,’15年東京大学名誉教授,同年より現職。日本学術会議会員,内閣府食品安全委員会委員,農林水産省家畜衛生審議会座長,家畜改良センター理事,中国農業大学客員教授,フランスCNRS招聘研究員,宮崎大学客員教授など併任。

 今日はどちらかというと社会貢献的な仕事についてお話をさせていただきます。狂牛病(BSE)を根本から抑えられないかという発想で,狂牛病の原因になります「プリオン」というたんぱく質の遺伝子をノックアウトした牛をつくるお話です。

遺伝子をノックアウト

 狂牛病は1986年にイギリスで最初に発見され,このとき約20万頭の牛が死に,百何十万頭が殺処分されました。その後,長い間日本には来ず,日本やアメリカでは「あれはイギリスの病気」と思っていたのですが,日本に来てパニックになりました。皆さんも覚えておられると思います。

 狂牛病の病原体はちょっと異常な形をしたプリオンというたんぱく質が原因とされています。そこで,プリオンを持たない牛をつくれたら狂牛病の心配がないだろうと,遺伝子をノックアウトする研究を始めました。

 この当時,英国で見つかった狂牛病は「英国型BSE」と呼ばれています。スクレイピーという脳の病気になった羊を肉骨粉にし,餌として牛に与えたため病気がうつり,その牛を人間が食べてうつりました。西洋人は脳も食べるからです。人の場合はクロイツフェルト・ヤコブ病と言い,その変異型として亡くなった人が出たのです。

 羊の肉骨粉を牛に与えるのをやめたら狂牛病は収まりました。ところが,2008年,イタリアや日本などで,羊の肉骨粉を与えていないのに狂牛病になった牛が見つかりました。これは「突発性BSE」と呼ばれています。

 疫学調査をすると,100万頭の牛に対し,毎年1頭ぐらいは出てくることがわかってきました。日本には500万頭しか牛がいないので年に5頭ですが,もっと牛がいるアメリカではすごい数になります。やはりプリオン遺伝子をノックアウトした牛をつくる必要性が高くなりました。

他のところに影響も

 では,どうやって遺伝子をノックアウトした牛をつくるのか。牛はマウスと違い,まだES細胞がとれていません。そこで比較的簡単に扱える胎児の繊維芽細胞を培養します。これは健康な細胞です。ベクターという道具を使って特定の遺伝子を壊します。うまくいった細胞は生き残ります。約4週間培養して一番元気そうな細胞を,あらかじめ核を抜いた卵子にうまく打ち込むと,運がよければ胎児になります。これをお母さんの子宮に戻すと,またこういう胎児がとれますので,この操作を2回します。マウスの場合は一発で済む方法がありますが,牛の場合はお父さんからもらった遺伝子をまず壊して,次にお母さんの遺伝子を壊さなければならないからです。

 この作業を,主に学生さんに毎日,毎日やってもらいました。まずは卵子を調整しますが,成功率が今でも非常に低いのです。1,000個やって1個成功すると,うまくいったなというレベルです。その卵の核を抜いて,そして遺伝子をノックアウトした細胞の核をここに打ち込みますが,これも簡単そうに見えてできる人とできない人がいます。

 そうやって実際に生まれた牛を,生後直後,1,3,6,12,18,24ヵ月まで追いかけて,いろいろな臓器で変なことが起こっていないかなどを調べます。まずは体細胞の遺伝子が壊れているかどうか。それから大脳,脊髄,脾臓など主な臓器にプリオンが本当に発現していないかの確認を黙々と繰り返しました。

 さらに,いろいろな臓器について,たんぱく質の発現がどうなっているかも網羅的に調べました。そうすると,なぜかは分かっていませんが,大脳の組織から採ってきたサンプルで,加齢に伴って抗酸化機能を担っているたんぱくの発現が落ちてしまっていました。他のところに若干の影響が出ていることがわかったので,これは次の世代で解決しないといけない問題と思っています。

豚の心臓を移植

 こういう方法を使うと,実際に牛や豚などの大きい動物で遺伝子を触ることができます。今回はちょっと古いテクニックですが,最近はもっと簡単な方法ができています。

 例えば’09年にメキシコで出た豚のインフルエンザ,これは人に来るようになって新型インフルエンザと言われていますが,実は鶏の病気が豚に行き,豚の中でいろいろなことが起こって,人にも感染するようになります。豚の細胞にウィルスとくっつく受容体があり,受容体の末端に糖鎖がくっついています。この糖鎖をくっつける酵素がたんぱく質ですので,遺伝子をノックアウトできます。

 そうすると,鳥のインフルエンザのウィルスがくっつかない豚ができ,豚はインフルエンザにならないので,人には来ません。こういう形で病気を統御するのです。

 今月6 日に科学誌『ネイチャーコミュニケーション』にこんな発表がされました。人間に豚の心臓を移植すると拒絶反応が起こりますが,その原因になる遺伝子を壊してしまう。もちろん人間ではなくてヒヒで実験していますが,そんな豚をつくり,ついに1,000日近くまでヒヒが生きるようになったそうです。

 まだまだ未熟ですが,こういう技術が進んでくると,豚だけが持つ人間にとって非常に厄介なたんぱく質をノックアウトする,そのようなことがやがてできるというところまで見えてきたと思います。それは研究というのではなく,まさに肉体労働だと思います。

(スライドとともに)