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2016年3月25日(金)第4,574回 例会

ワインのエピソード

岡    昌 治 氏

リーガロイヤルホテル
マスターソムリエ
岡    昌 治 

数々のコンクールで受賞経験を持つ日本ワイン界を代表するソムリエ。ワインのエキスパートであり,日本酒の利酒師の資格も持つ。ホテル内の10数人のソムリエを統括。ユーモアセンスあふれる語り口で,テレビ・雑誌等でも活躍している。2004年には,フランスの食やワインの普及への貢献が認められ,同国より,栄えある「農事功労章シュヴァリエ」を受章。

 リーガロイヤルホテルに勤めて44~45年になります。私は2010年から6年間,一般社団法人日本ソムリエ協会の会長を務めておりました。協会には全国12の支部があり会員1万1千人余り。ワインの普及啓蒙がミッションで,技術を高めるため,コンクールも行っています。名誉会長になって,このホテルにいる時間が長くなり,お客様方とお顔を合わせる機会も多くなりました。

ワインと言えば

 この業界に入ったのは1972年です。大阪万博の直後で,大阪がにぎやかなころです。当時お酒といえば,1番ビール,2番日本酒,3番ウィスキー,4番ブランデー,5番目ぐらいにワインという時代でした。

 ワインセラーとてなく,ソムリエもいません。’69年に「飲料販売促進研究会」ができ,「日本ソムリエ協会」となったのは’76年でした。

 当時フランスでは,成人1人がワインを年間100リットルぐらい飲んでいました。大体130~140本ぐらい。日本は,300ミリリットルぐらいでした。

 今は,欧米では量が減っています。フランス,イタリアでは年間60リットル。80本程度です。日本はようやく3リットルを超えました。大体4本です。なぜフランスやイタリアで減っているかと言うと,欧米でも飲酒運転が非常に重要な問題になっているようです。がぶ飲みのかわり,品質のいい酒を飲むようになってきています。

 皆様の食卓にお出ししたのは,ボルドーとブルゴーニュのワインです。フランスの2大名産地で,世界の2大名産地です。

 ボルドー,ブルゴーニュ。まず場所が,海に面した所と内陸という点で違います。植えられているブドウも違います。

 味が違います。ボルドーは渋い,土っぽい香りがする。ブルゴーニュは少し酸っぱい,果物的な香りがすると言われます。ビンの形も,いかり肩のボルドー,なで肩のブルゴーニュ。異論はありますが,ボルドーがワインの女王,ブルゴーニュが王と言われます。

 熟成して時間が経ってやわらかくなり,エレガントな味わいになるのがボルドー。数種類のブドウをブレンドするので複雑な感じ。一方,ブルゴーニュは,ブドウ1種類で,生一本,キレがいい。一本気の男性的だと,こんな感じではなかろうかと思います。

 日本への輸入では,この世界で一番いいと思っていたフランスワインが昨年,2位になりました。1位はチリです。

 チリ,アルゼンチン,オーストラリア,ニュージーランド,南アフリカ,こういうエリアを「ニューワールド」と申します。一方で,フランスやイタリア,ドイツ,こういう伝統的な産地を「オーセンティック」とか「トラディショナル」と言います。

パリの審判

 パリでワインスクールを持っているイギリス人のスティーヴン・スパリュアという人が,本当にフランスワインが世界一なのかと疑問を持ち,’76年に,カリフォルニアワインとフランスの上級ワインと比べてみようと,ブラインド(目隠し)テイスティングという会をパリで催しました。

 白,赤とも10種類。有名なワインが出されました。結果,白,赤とも1番はカリフォルニアワインだったのです。10人のジャッジは全部フランス人で,ワインに詳しい醸造家やレストランオーナー,ソムリエなど有名な人ばかり。

 フランスでは相当ショックで,マスコミは一斉に沈黙しました。しかし,米国の「タイムズ」が全世界に発信しました。それでカリフォルニアワインが一気にブレイクしたのです。

 有名なロバート・モンダヴィさんが,’66年にカリフォルニアのナパバレーにワイナリーを興したとき,10軒ぐらいしかワイナリーがありませんでした。70年代に入りワイナリーがたくさんでき,ワインも相当よくなりました。

ロスチャイルド家とメドック格付

 シャトー・ムートン・ロスチャイルド,シャトー・ラフィット・ロスチャイルドというロスチャイルドのワインが存在するのはよくよくご存じでしょう。

 ロスチャイルド家は,マイヤーという方が各国の王侯貴族に融資して世界的大金融業者となりました。マイヤーさんに息子が五人。欧州各地へ派遣をします。このうち,イギリスとフランスのロスチャイルド家が,ワインに関係してきます。

 1855年の第1回パリ万博で,離れたボルドーで何かしようと考えられたのが,ワインの格付でした。トップの何百の酒蔵から60軒を選りすぐり,5ランクに格付しました。

 「1855年のメドック格付」と言います。このトップの1級にシャトー・ムートンが入っていなかった。’53年にイギリス系ロスチャイルドがシャトー・ムートンを買い,格付当時,すでにオーナーでした。それが2級。今も解けない謎です。1級になったシャトー・ラフィットは,’60年代にフランス系ロスチャイルドが買っています。

 ムートンは,毎年ラベルが変わることでも有名です。1948年はローランサン,’69年はミロ,’70年はシャガール。’73年,念願の格付1級になったときはピカソでした。

 このムートンの所有者が,カリフォルニアの将来を見越し,モンダヴィさんと協力して作ったのがオーパス・ワンです。

 本当にワインは奥深いものです。グラスのワインの色や香りを楽しんでいただくのもよし。ワインの中身だけではなく,そのエピソードを楽しむのも,またよしだと思います。