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2015年11月20日(金)第4,557回 例会

モルフォチョウの青色の羽の謎を解く

木 下  修 一 氏

大阪大学
名誉教授
木 下  修 一 

1977年東京大学理学系大学院化学専門課程修了理学博士。同年大阪大学理学部物理学科助手。’89年北海道大学応用電気研究所助教授。’93年大阪大学理学部物理学科助教授。’95年大阪大学理学部物理学科教授。2002年大阪大学大学院生命機能研究科教授。’11年同退職。

 モルフォチョウは青い大型のチョウです。南米,中南米で生息し日本にはいません。向きを変えて見ると,色が変わったりピカっと光ったりします。なぜこんなに青いのかについてお話しします。

青く光る羽との出合い

 私は光の研究の一方,昆虫を集めたりしていました。昆虫仲間から「このチョウがどうしてこんなに青いのかを調べてみないか」とモルフォチョウの標本をもらったのが始まりでした。

 研究室で卒業研究に来た四年生に「研究してみないか」と持ちかけました。

 CDは見る方向で青く見える。溝に相当するような筋が規則正しく入っていて,そこに光を当てると,反射した光が出てくる。チョウもそんな原理だろうと思っていました。

 ところが学生の研究で,違う結果が出ました。

 私は,色をつくるのには規則正しい構造が必要で,そこに光を当てるとそれなりの結果が出てくると思っていました。チョウからでた結果は,不規則な構造を意味していました。不規則なのに,きれいな色が出ている。おもしろいなと思ったのが,20年ぐらい前になります。

 チョウの羽を顕微鏡で見ました。羽の鱗粉は屋根瓦みたいで薄いものです。たいていのチョウで二層になっていて,ごつい茶色い鱗粉が下にあり「下層鱗」,上にある薄い透明なのは「上層鱗」と言います。

 鱗粉を電子顕微鏡で拡大すると,きれいな筋が入っています。下層鱗の筋は細かくて,上層鱗は粗い。筋を「リッジ」と呼びます。

 CDのように,きれいな筋があると,狭いところに当たった光は広がろうとする,これを「回折」と言います。

 一方,いろいろな方向に広がった光で,波が重なったところは強め合います。これを「干渉」と言います。

 回折と干渉が合わさった現象が「回折格子」。これによって,色素も顔料もないのに色がつきます。構造だけで色がつくので「構造色」と言います。

 モルフォチョウも同じような感じがしますが,拡大すると,鱗粉の筋はそんな単純なものではありませんでした。断面を斜め上から見ると,一本一本の筋は背が高く,ひだのようなものがたくさん出ています。私は「棚構造」と名付けました。

 電子顕微鏡だけでは青い色の謎は解けません。そこで,非常に簡単化,単純化しました。棚が規則的に並ぶモデルを作りました。光が棚の境目で反射され,重なり合って青い光をつくります。一方,棚がたくさん並ぶと,棚同士で光の干渉が起こってしまいます。

 悩んだ結果,棚の高さがばらばらでなければならないということがわかりました。

チョウから広がる世界

 調べると,大昔からモルフォチョウの研究は行われていました。しかも,ノーベル賞をもらった人たちがモルフォチョウの研究もやっていました。

 構造色説や表面色説などが説かれていました。電子顕微鏡が20世紀半ばに発明され,構造色という考えのほうが合っていることがわかりました。

 ただ,モルフォチョウになぜ色がつくのかの説明が充分にできていなかった。私たちは,切れ切れの多層膜という考え方で,うまく説明できました。

 すると,「ほとんど同じ構造で色が全く違う例がある」という質問がありました。実は,モルフォチョウにもさまざまな種類があったことを知りました。

 調べると,棚構造は,青色を反射します。青以外の光は,下に通り過ぎます。下の部分にメラニン色素を配置して,それを吸収してしまいます。そうすると青色が強調できる。ここの色素を抜くとどうなるか。

 光は膜や裏の鱗粉で反射され,元に戻ってきます。青以外の光が戻ってくると白く見えるのです。

 このチョウは,いろいろなことを教えてくれます。われわれはともすれば規則的な構造に惹かれますが,自然界は規則的な構造と不規則な構造をバランスさせているのです。また,構造だけではなくて,色素をうまく利用していることがわかりました。

輝きはナノ構造から

 日本には誇るべき研究があります。世界で初めて,このモルフォチョウを応用しようとした共同研究が,日産自動車,帝人,田中貴金属の3社で行われました。

 日産自動車は,シートカバーに光が当たると色が褪せてくるのを,構造色だと褪せないだろうと研究しました。素材を交互に61層という細かい層をつくり,多層膜干渉を起こさせて色を出しました。帝人はモルフォテックスとして売り出しました。

 自然界にある色を再現しようと,他にもいろいろな工夫がされています。シリカとか雲母の箔の上に酸化物の膜をコーティングするとパール顔料,その膜の厚みを加減して着色すると干渉パール顔料になり,化粧品などで使われています。

 基板の上下に金属の膜をつけると,多重干渉性光輝材としてギラギラ光るようなものをつくることができます。また,構造そのものをつくろうという研究もあります。

 モルフォチョウだけではなく,いろいろな輝く色は,ほとんど構造の色です。それぞれに違った仕組みがあります。こうした研究は,「ナノ構造」という観点から,彩りに関する産業に活かされています。

(スライドとともに)