大阪ロータリークラブ

MENU

会員専用ページ

卓 話Speech

  1. Top
  2. 卓話

卓話一覧

2015年5月15日(金)第4,533回 例会

クロマグロ完全養殖と産業化への現況

宮 下    盛 氏

近畿大学 水産研究所
所長
宮 下    盛 

1943年生まれ。神奈川県出身。’67年近畿大学農学部水産学科卒業。’66年より海水魚類養殖の父・故原田輝雄博士に師事。’68年近畿大学水産研究所白浜実験場で1年間研修後,副手。’74年同水産養殖種苗センター白浜事業場兼務。’93年同助教授,’01年同教授。’08年水産養殖種苗センター長,’11年から水産研究所長(兼任)

 クロマグロ養殖の研究は,1970年から3カ年の水産庁のプロジェクト,「マグロ類養殖技術開発企業化試験」というのが最初でした。全国から8つの研究機関が参加したのですが,マグロのヨコワ(若魚)を捕ってきても生簀(いけす)で1カ月もしないうちに全滅してしまうということで,3年で他は全部撤退されたわけです。その後32年も何で近畿大学だけが研究できたんだと言われますが,これは研究所の体制があったのです。

 近大の初代の総長の世耕弘一は,終戦後の日本が食う物もなく大変な時代,復興には食糧がなかったら話にならんということで,「海を耕せ」と言われました。’48年,白浜に今の水産研究所を開設しました。水産研究所は農学部水産学科の付属施設だと思われますが,大学本部直轄の施設という世界に例を見ない体制なのです。

養殖場を小さく区切る

 翌年,石川五平さんという方が着任されました。当時の養殖は築堤式と申しまして,入り江を堤防で仕切り,潮の干満を利用してこの中で放し飼いにするという方法です。その後に赴任されたのが,私の師匠である原田輝雄で,彼が開発したのが網生簀(あみいけす)養殖です。小さく区切ったところに網を入れて魚を飼う,小割式網生簀養殖というのを始められました。この網生簀養殖というのが,後の海面養殖の発展を支えます。施設の設置とか撤去費用が安いお金でできる,大きさ別とか,ロット別とか,比較試験や飼育が簡単,それから出荷とか選別という飼育管理が,網を揚げればすぐできる。築堤式に比べると,圧倒的に利点だらけです。

 原田先生の理念は,養殖業の持続的な発展のため,人工産の稚魚を使い養殖をしたら必ず親まで育てて,人工孵化の研究をして人工種苗生産をやる,すべて完全養殖を目指す。今現在日本で養殖されている海の魚の,9割以上の完全養殖を達成してきました。

 経営的な面では,近畿大学はマダイの品種改良で稼いだことが大きかった。今日本に普及しているマダイの稚魚は,ほとんどが近大マダイということになっていて,この利益が研究費に全部注ぎ込まれました。

網の工夫から産卵へ

 原田は私どもに「網生簀養殖法の開発で生産基盤を確立する。これによって研究所の経営と研究と教育と全部できる。一石三鳥だ」ということをよく言われました。ただ,若いわれわれは何でそんなことを,大変な苦労がいるわけなので「大変だな」と思ったんですが,彼は頑としてそれをやり切ったということになります。水産研究所,6実験場,5事業場,そして今現在教職員数は約200名と,水産増養殖専門の研究所としては世界最大と言えると思います。自分で作った予算で,研究の継続が可能になったのです。

 養殖で一番大事なのは,何と言っても網の交換です。網が汚れてくると潮の流れが遮られて溶存酸素量が低下する。そうするとエサの食いも悪くなる,病気が出やすい,色々なことが起こります。試行錯誤の後たどり着いたのが分割組み立て式で,ファスナーで網にしわができないようにして水中で組み立て,古い網を取り替える方法で,これで養殖ができるようになりました。’74年からです。

 そして’79年に初めて生簀の中で産卵が見られた,これは世界初の自然産卵です。卵は直径が1ミリで,これはマダイの卵とほとんど同じ大きさです。ところが10センチ以上までどうしても育てることができない。そうこうバタバタしているうちに,11年間卵を産まなくなってしまいました。原田も志半ばで亡くなりました。

 しかし’94年からまた卵を産み出し,そして,翌年にやっと人工種苗を養殖にまで持っていくことができた。数が非常に少なかったので完全養殖は難しかったのですが,これが7歳,8歳になった2002年に卵を産んで完全養殖達成ということになったわけです。

養殖規模の限界に挑む

 養殖では生まれてから大体1週間ぐらいで10%ぐらいしか残らない。生き残ったやつが今度は共食いで死んでいって,ほとんど全滅に近いぐらい死んでいく。生き残ったやつもまた衝突で死んでいく。生まれたばかりのマグロはヒレのブレーキやハンドルの機能が弱く,ぶつかりやすいのです。結局,親と同じ大きさの生簀に入れることで生き残り率が高まり,実用種苗の生産ができるようになりました。’95年から完全養殖に行き,’02年に達成ということになりました。

 マグロは飼育する広さが必要です。海産業の飼育密度の問題で,1立方メートル当たり3キロ以上飼うと成長した分だけが死んでいきます。ブリやマダイと比べると,体重では10倍以上,尾数で100倍以上の場所が必要で,いま近畿大学の施設では3万尾が限界です。これ以上できない。「もっと生き残り率を高めろ」と言っても,このマグロの特性からもっと場所を広げなければ無理なのです。

 トヨタ自動車系の豊田通商さんが「そんなに難しいんだったら一緒にやらせてほしい」と来られました。生き物と車では違うけれど,モノづくりの原点は一緒ということで,そこで始まったのが共同事業です。産業化のためには産官学の連携が不可欠で,何とか実現させたいということで取り組んでおります。官がなぜ必要かと言うと,漁業権確保のためには水産庁,県の水産課の協力がないとできません。産官学連携によって何とか早く産業化を実現したいと,現在努力しているところでございます。

(スライドとともに)