1954年大阪生まれ。’78年京都大学理学部卒業。’83年東京大学大学院博士課程修了。マンチェスター大学研究員から京都大学総合人間学部教授,京都大学大学院教授,東京大学海洋研究所教授を経て2001年独立行政法人海洋研究開発機構ディレクター。’12年現職。日本の地球科学者。専門はマグマ学。「地殻変動のダイナミズムと謎」「地震と噴火は必ず起こる」等地球の火山や地殻変動に関する著書多数。
日本酒を造るときお米のでんぷんを糖化するのに麹(こうじ)菌が活躍するので,おいしい日本酒をつくるにはいい麹を育てないといけない。そのときにすごく大事なのが水の中の鉄分なんです。麹菌というのは鉄があると元気がなくなってしまって,糖化がうまくできません。ですからお酒を造るには,できるだけ鉄分の少ない水が必須です。
神戸に住んでいますが,お酒と言えば灘五郷でございます。なぜ灘でいいお酒ができるかと言うと,「灘の宮水」と呼ばれる非常に優れた水が存在しているからです。この宮水は鉄分をほとんど含みません。日本の湧き水の中で鉄分の一番少ない水と言われています。そのお陰で麹菌が非常に活発に働いて,キリっとしたいいお酒になります。
ここでキーワードは,六甲山を造っている花崗岩(かこうがん)です。花崗岩は石塀とかブロックにも使われているのでご覧になったこともあるかと思いますが,白っぽい石です。花崗岩は鉄分をほとんど含んでいない。そこに降った雨が流れてくるときに全く鉄分を溶かさないということになります。日本列島の1割を占め,日本列島の背骨をなすと言われています。花崗岩は火山の下でできております。大規模な噴火が起こったときの地下に,非常に大きなマグマをためているところがありますが,そのマグマが地下でゆっくり固まったときに出てきた岩石が花崗岩です。
お魚の話をしたいと思います。私も日本一のお魚は明石の鯛だと確信していますが,瀬戸内海の鯛の名産地というのはいずれも潮の流れの速いところです。瀬戸内海は南海トラフの巨大地震も起こすフィリピンプレートが沈み込んでいるため,高いところと低いところを繰り返していることで「瀬戸」が生まれています。高低差があるために潮の満ち引きで潮の流れが速くなっているということです。
明石の少し西側に「鹿の瀬」と呼ばれる高まりがあり,そこに世界最大の漁場,一番良いと呼ばれている漁場があります。鯛の餌であるエビ,カニの類は,泥ではなく粗い砂のところに棲んでいます。この漁場は潮流が速く砂の中まで酸素が十分に行き渡り,かき混ぜられてプランクトンも成長しやすくなります。この場所を造っているのが花崗岩で,花崗岩の中には石英という硬い鉱物が入っていて粗い砂になり,たまっている。明石の鯛はプレートの運動と火山の賜物だということになります。
関西に帰ってくると,やっぱり「おだし」の食べ物が東京と比べると圧倒的においしいと思います。東京の水では京都と同じだしがとれない。水が違うとおいしい料理,特に和食は食べられないというのが現状であると思います。日本の軟水というのは昆布とか,かつおとか,椎茸のうまみ成分と言われるグルタミン酸などを効果的に抽出します。硬水で昆布のだしをとろうとすると,昆布の周りにカルシウムの膜をつくってしまって,うまみ成分は出てこない。奈良時代に仏教が入ってくると,原則的に殺生はいかんということで肉を食べなくなった,特に獣の肉は食べなくなったというのが通説になっていると思います。しかし軟水でそういうスープをつくると動物性タンパク質が結合しないので臭みが,獣臭さが残っている。だから皆食べなくなったという人間の欲求の結果だと思っています。
日本は島国であると同時に山国です。山が高いと水が速く流れるので,流れる間にいろいろなミネラル分を溶かしている暇がない。簡単に言うとこの結果,軟水が生まれています。
火山から受けているのは恩恵だけではありません。私たちは多くの火山から試練も与えられています。日本は地球上で一番火山が密集している,世界一の火山大国であります。狭い国土に110の今生きている火山があり,もう少し古い火山まで入れると千幾つもあります。ですから当然試練もあるわけです。
「巨大カルデラ噴火」と分類される非常に大規模な噴火が,約12万年間では10回起こっています。一番最近は(九州南方にある)鬼界アカホヤカルデラで,7,300年前です。九州の縄文人が絶滅しました。きちっと統計を使って計算し「今後100年にこういう噴火が起こる確率は1%」という答えをはじき出しました。阪神淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震,その前日の地震発生確率は0.7%です。1%というのはほとんど起こらないのではなくて,こういう自然現象に関しては,私たちはいつ起こっても不思議ではないと考えて備えをしないと,99%大丈夫というふうには思わないでいただきたい。
最悪のシナリオですが,九州の真ん中でこういう噴火が起こったとします。2時間以内に500度以上の火砕流で700万人が生き残るすべがありません。火山灰が偏西風で東のほうへ流れ,1日後には大阪でも50センチ以上積もります。2日で本州全域に10センチぐらい積もります。10センチ火山灰が積もると水道,ガスなどのライフラインは完全にストップ,もちろん交通もストップです。こういう現象が日本で暮らしている限り起こるということを理解いただきたいということです。被害を最小限にとどめるように,私たちは恩恵もこうむっているわけですから,決してあきらめることなく,おいしい食べ物の恩恵を受けながら,考えていきたいというふうに思います。
(スライドとともに)