大阪ロータリークラブ

MENU

会員専用ページ

卓 話Speech

  1. Top
  2. 卓話

卓話一覧

2014年8月22日(金)第4,498回 例会

強さと美しさを求めて
-ものづくりは技術者の叡智の結晶-

豊 田  政 男 氏

(独)科学技術振興機構 プログラム主管
大阪大学名誉教授
豊 田  政 男 

1944年大阪府生まれ。大阪大学工学部卒業,工学博士。’89年大阪大学教授(工学部)。2004年大阪大学工学研究科長・工学部長。日本学術会議連携会員,溶接学会会長などを歴任。8学会13件の論文賞等の受賞。専門は溶接工学。

 6月末に北海道に行って,高山植物の写真をいろいろ撮ってきました。大雪山系の麓にはきれいな花が咲いていました。この自然の「美」は確かに美しいのですが「人工物だって美しいじゃないか」,これが今日の主題です。

 「美」という漢字は,白川静先生によると象形文字で「羊に大」。大は後ろ脚です。子羊が大きくなってすばらしい形になったものが「美」です。すなわち「美しい」=「強い」,美しいものをつくるということは,強いものをつくるということです。そのために先人はいろいろな努力をしてきました。これからそのすばらしい技術,ものづくりの技術の例を挙げてみたいと思います。

紀元前のハイテクノロジー

 エジプトの文明,これは石造り文明です。石をどのようにして切り出して,どのように積み上げて一つの構造物としてきたか―。古代エジプト人は,溝を切って,そこへ木のくさびを打ち込んで,上から水をかけ「木の膨張」で石を割るという形で切り出しました。木という材料が水をかければ膨張するという特性を使ったという点で,ある意味でハイテクノロジーです。

 石は切り出して加工しだしたら割れが見つかるということが往々にしてあります。彼らは石の上から水をかけ,水が落ちてこないかを見て,石が割れているか割れていないかを検査をして,最終加工に入っています。すなわち,われわれが今やっている「非破壊検査」そのものを,紀元前1000年,2000年の時代にやっていました。技術者としてのすごいところです。

 ギリシャのパルテノン神殿も石を積み上げています。地震や風に耐えるために,単に石を積み上げるのではなくて,「ちぎりだぼ」というかんぬきを使って,滑りを抑える手法をとっています。面白いのは,最初は木で作っていたちぎりだぼは,その後青銅ブロンズに代わりました。そしてもっと強い鉄が出てきて「鉄を使った方が強いだろう」と鉄を入れました。ところが鉄はさびて膨張します。せっかく強い鉄の材料を使ったのに,鉄が膨張して石を割ってしまいました。だから必ずしも強い材料を使ったから強くなるわけではなくて,使い方を間違うと駄目だということです。

身も心も安らかであれ

 日本でもいろいろな工夫がなされています。

 昨年伊勢神宮の20年ごとの式年遷宮が行われました。もう62回の遷宮を行っていますから1200年以上ということになります。伊勢神宮を見ると,柱の先と上の梁(はり)の間に隙間が空いています。その造りは「神明造り」といわれ,真ん中に棟持柱という柱があります。屋根を支えているかのような名前がついていますが,この柱は棟を支えていない飾り柱です。屋根は,柱が支えているのではなくて,壁板が支えている構造になっています。

 遷宮から20年間たったら木材は収縮します。木は縦方向と横方向で収縮が約10倍違います。壁板は木目が横ですから,縦の柱より収縮量が大きく,屋根がだんだん下がってきます。柱が最初から屋根に当たっていると柱が傾いてくるので,上に隙間を空けて,屋根が下がってきても柱に力がかからないように,当たらないようにしてあります。木材というものがどの方向に収縮するかを彼らは十分知っていたということです。

 ご存じのように,今薬師寺の東塔が解体修理に入っています。その薬師寺の執事,大谷徹奘先生がおっしゃるには,仏教の教えの基本は「身心安楽」(「しんじんあんらく」と読むそうです),要は身心ともに安らかであれば楽しいという意味です。

 ものづくり,あるいは技術というものも,われわれは安全,安心なものをつくらなければならない。それは「強さ」です。皆さんがそれを「大きく,美しく感じる」ということだと思うのです。

 もう一つ,ご存じのように奈良の大仏は金メッキが張ってあります。ところが鎌倉の大仏は金箔(きんぱく)が張ってあります。なぜかというと,奈良の大仏は92%が銅ですが,鎌倉の大仏は銅銭を鋳つぶして造って,銅が65%,後はすず,鉛,鉄などの不純物が多く,金メッキができませんでした。そこで金箔が張ってあるのです。

 要は,木材にしろ,鉄にしろ,ブロンズにしろ,材料の特性を知らないとものづくりはできないのだということです。それを成し遂げてきたのが技術者です。この技術者の知恵が生まれる土壌をぜひ大事にしてほしいのです。

ものから人へ, 人から価値へ

 10年後どうなるか,などということは言えません。でもものづくり,ことづくり,そしてマインドづくりが広がり,人づくりが大切になっていく。そして社会づくり,環境づくり,価値づくりと,広がりを持っていくのだろうと思います。そのときにやはり科学と技術の接続が非常に大事になってきますし,優秀な人材の育成が重要です。

 今,600人ほどの若い先生方を雇用して5年間頑張っていただいています。私は200人あまりの人と話をしましたが,やはり優秀です。まだまだ日本には優秀な若い人々がいます。この人たちが日本のために,世界のために,科学技術のために働いてくれるということを大いに期待しています。

 私のモットーは「驀直前進(ばくちょくぜんしん)」,無学祖元の言葉です。「十分な準備をして整えた後は思い切って前へ進みなさい」と学生によく言ってきました。こういう環境を若い人につくってあげてくださいというのが私の本日のお願いです。

(スライドとともに)