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2014年5月23日(金)第4,486回 例会

想像するちから:
チンパンジーが教えてくれた人間の心

松 沢  哲 郎 氏

京都大学霊長類研究所
教授
松 沢  哲 郎 

1950年生まれ。’74年京都大学哲学科卒業,’76年霊長類研究所採用。’78年から「アイ・プロジェクト」と呼ばれるチンパンジーの知性研究を行い,2000年からはアイとその息子をはじめ3組の母子を対象にチンパンジーにおける知識技術の世代間伝播の研究に取り組む。’13年文化功労者。

 何でチンパンジーを研究するのか。「人間とは何か」という時に,「アウトグループ」という発想が重要じゃないか。これは経営者にも言えるかと思いますが,ある対象を見ようと思った時,深く入り込むわけですが,そうじゃなくて一歩引いた視点から,その対象の外に目を向けるといい。チンパンジーを深く知ることが,人間を深く理解することにつながる。そう考えて研究をしています。

 チンパンジーはサルではありません。チンパンジーはヒト科チンパンジー属。人間はヒト科ヒト属ヒトです。ヒト科はヒト,チンパンジー,ゴリラ,オランウータンの4属です。私はアフリカ・ギニアの首都から1,000㎞離れたボッソウという村の周りで,野生チンパンジーの研究を28年続けてきました。毎年12月と1月はアフリカにいます。ここのチンパンジーは1組の石をハンマーと台にして,固い油椰子の種を叩き割る行動で有名です。

チンパンジーはサルではなく「ヒト」

 霊長類研究所には13人のチンパンジーがいます。ここで彼らの知性の研究をしています。アイにはアユムという息子がいて,4歳から勉強を始めました。寿命が50年ぐらいなので,人で言えば6~7歳。数字を教えたのですが半年間勉強すると,こんな風になりました。モニターがあって,白丸を触ると,でたらめの場所に「1,2,3,4,5,6,7,8,9」という数字が出てきます。これは5歳半のアユム君ですが,毎回でたらめな所へ出てきた数字を順に触っていきます。少なくとも数字を識別して,順序がはっきり分かっているということです。記憶テストをしてみました。

 さっきのとは違い,数字の「1」を触ると,以下の数字が消えます。でもアユム君は,2があった所,3があった所と触っていきます。「直観像記憶」と言うのですが,一瞬見たものを記憶することができる。

 優れた知性を持っていますが,意外な点で人間と違います。「まねる」ことです。友人の教育学者に聞くと「まねる→まねぶ→まなぶ」というように,「まねる」という言葉が転化して「学ぶ」になったそうです。「学ぶ」ことの基礎に「まねる」ことがあるのですが,これがなかなかチンパンジーには難しい。

彼らは「今そこにあるもの」がすべて

 さっきの石器使用ですが,4~5歳で習得します。別の場面を見て下さい。3歳半です。まだうまくできません。すると,近くの大人の所へ見にいきます。至近距離からじっと見ています。大人は決して教えません。やって見せるだけ。子どもは自分の場所に戻って何とか割ろうとする。これがチンパンジー流の「教えない教育,見習う学習」です。でも子どもの方には強い動機があって,親や大人と同じようにやりたい。何とか自分で工夫してやろうとする。すぐにできそうなものですが,チンパンジーにはできません。そうだと分かると,冒頭のアウトグループの発想で,人間とは何か,人間の教育,学習が見えてきます。人間の教育は「教える」ことです。教えることが,人間の教育の人間らしいところです。「上手にできたわね」とほめる。「うーん」とうなずく。「よくやった」と認める。チンパンジーはそんなことは一切しない。

 もし人間とは何かを一言で言えと言われると,「想像する力」だと思います。目の前にあるものから発して遠くのことに思いをはせる。そういう力は人間を人間たらしめています。ある学生が,非常に面白いテストを考えついた。アキラというチンパンジーの似顔絵の線画です。ただし1枚目は右目がない,2枚目は左目がない,3枚目は両目がない,4枚目は目も鼻も口もない。そんなものを用意して,自由にお絵描きをさせる。するとチンパンジーは,線で描かれている所をマジックでなぞっています。人間の子どもにも同じテストをしました。3歳を超えると「お目めがない」「お口がない」と言って,描き入れていきます。7人のチンパンジーで調べましたが,全員が空白の顔を埋めるようなことはしません。

 私の解釈。チンパンジーは今そこにあるものを見ている。それに対し人間は,今そこにないことを考えている。こう解釈すると,チンパンジーの先ほどの数字の記憶がそんなに不思議じゃない。わずかな時間とはいえ,9つの数字が目の前にあった。瞬時に見て取るという意味ではチンパンジーは優れている。人間は,そこにないものに思いをはせることができると考えられます。

想像する力が生む「絶望」と「希望」

 人間の場合,死後のことまで心配します。チンパンジーは「今ここという世界」に生きている。明日のことでクヨクヨ悩まない。人間は簡単に絶望してしまう。毎年3万人を超える人が自死しているし,20代の若者に限れば死因の第1位,49%が自殺です。だけど想像する力があるから,現状がどんなに悲惨でも将来に希望を持つことができる。「希望を持つことができるのが人間だ」。チンパンジーの研究を通して,そう思うようになりました。

 4月から霊長類研究所の隣にある日本モンキーセンターが公益財団法人化しました。ここには67種950頭のサル類がいます。ここを通じて社会的な普及活動をするとともに,生息地での保全活動に取り組んでいます。フィールドワークは楽ではない。現地の人と同じ物を食べ,同じ暮らしをする。そうじゃないと,アフリカで仕事はできない。こういった活動をまとめてパンフレットを作って,皆様にお話をし,学校を建て,友人に頼んで医療奉仕もしてもらうということを続けています。関心のある方は是非「緑の回廊 チンパンジー」で検索してみて下さい。活動へのご奉仕を募っています。

(スライド・映像とともに)