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2013年10月4日(金)第4,458回 例会

企業と社会―持続できる上手な社会貢献

加護野  忠 男 氏

甲南大学
特別客員教授
加護野  忠 男 

1947年大阪生まれ。’75年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。’88年神戸大学経営学部教授,’98年~2000年同経営学部長,’11年名誉教授,甲南大学特別客員教授。

 「情けは人のためならず」というと、情けをかけるということは、人のためというより自分に返ってくるという意味ですが、経営学の出発点がこれだったんです。

 米フィラデルフィアにある紡績工場のミュール紡績機部門の成績が悪い、定着率が非常に低いということで、ハーバードビジネススクールの先生たちに、何とか良くしていく方法はないだろうかと頼んできたのです。経営学者が紡績工場へ行って詳しく見てみると、機械の動きに合わせて前へ進んだり、後ろへ下がったりしながら仕事をしている。しんどいから定着率も悪く、生産性も低いことを見つけて、午前と午後に休憩時間を与えたらどうかと提案した。効果を確認するため、全員じゃなく3 分の1 の人だけに休憩させてみた。すると、不思議なことに残りの3 分の2 の生産性も上がり出した。

経営学の原点「情けは人のためならず」

 また、彼らはAT&T子会社のシカゴの工場に実験室を置き、休憩時間や照明、食事の量を変える実験をやってみた。すると、どんなに条件を変えても、一貫して生産性が上がった。なぜだろうかと。被験者の答えは「私たちは、ハーバード大の先生たちの極めて重要な実験に協力しろと言われて選ばれた人間だ。工場を代表している。どんなに条件が厳しくても、皆で励まし合って頑張る」。これで生産性を上げていったと分かった。ミュール紡績機部門もそうだったんじゃないか、と。わが社の社長は皆のことを考えてくれているという気持ちが、生産性を上げることに役立つということが分かったのです。

 ハーバードの連中はそれまで、様々な理論を教えるというやり方だったのですが、現実の事例を学生に検討させ、ディスカッションさせて、なぜこんなことが起こったのかということを理解させる「ケーススタディ」という方法を採用して、人間の複雑さを理解させる方法を経営学に取り入れた。これがフィラデルフィアで起こった「情けは人のためならず」です。

 全く同じ経験をしたのが、武藤山治です。武藤さんは慶応義塾を出た後、米国へ留学してから、つぶれかかっていた鐘淵紡績という会社に入り、兵庫工場の工場長に任命された。彼は社員が極めて劣悪な状況で働き、生活の質も極めて低い、だから、工場にいる間だけでも楽しい、いい思いをさせてやろうとした。工場に緑を増やし、休憩時間はそこで休めるようにした。作業条件も改善していった。温情主義と言われたのですが、不思議なことに、それで兵庫工場の生産性が急激に上がっていった。これも「情けは人のためならず」です。

 この頃の神戸は、経営学から見ると非常に面白いことが、たくさんありました。ベストセラーになっている『海賊と呼ばれた男』の出光佐三さんも、神戸にいた。三菱商事石油部門のタンクが売りに出るというので、ぜひとも買いたいと、銀行に貸してくれと頼むんです。銀行は、全く担保もない出光さんに貸しました。なぜかと言うと、当時の銀行役員が「出光という人は一緒に働いている人々を大事にする。だからこの人にお金を貸しても大丈夫」。こういう判断をするんです。

企業の社会貢献は関西の伝統

 甲南学園創始者で大阪RCの創立にも参加している平生釟三郎さんは、極めてユニークな人です。東京海上の神戸・大阪支店長をしていました。彼は様々な社会貢献活動をしています。甲南病院もつくり、地域の人々に教育の機会、医療の機会をつくりました。しかし、彼はお金を持っていない。周りの人々を説得していきました。

 最後に、兼松房次郎さん。この人は大阪の実業家だった。兼松さんは大変な寄付をしました。最初は神戸高等商業学校に研究所を、オーストラリアのシドニー大学に医学部を、それから東京の高等商業学校に講堂を寄付した。今でも兼松講堂と言われています。

 比較的上手にやっているなと思うのは、積水ハウスです。和田勇会長が社長に就任した時、一番たくさん家を売っているセールスマンを調べた。そのセールスマンは山口県にいて、入社以来平均して1 週間に1 軒ずつ家を売っていた。何で売れているかと言うと、ほとんどが紹介なんです。既に家を建てた人の紹介で家を売っている。何で紹介してくれるかと言うと、アフターサービスを徹底してやっている。だから紹介してくれる。和田さんは、紹介営業は今4 割しかない、これを7 割にしよう、そうすれば会社の効率が随分上がるはずだ、とクレームに徹底して対応することにしたそうです。

 和田さんがやったのは「クレームの手紙というのは社長に対するお客様からのラブレターだ。これは勝手に開封するな」と。開封すると、俺の責任やないということで、いろいろなところに回されて対応ができなくなる。社長だったらすぐ対応できるということで、それをしました。それをもとにCSRがある。

「期待以上」にどう応えていくか

 ここで皆さんに特に理解しておいていただきたいのは、顧客満足の数字というのはよほど注意して見ないと危ないんです。満足というのは、お客さんの期待水準と実際の水準との差。期待されていない人には不満が出ない。この期待というのが大事なんです。その期待にどう応えるか。その期待以上のことをどれだけできるかということがポイントだと思います。それと、上手なCSRというのをやっていこうと思うと、ただ単に社会貢献だけでなくて、やっぱり利益が出るということが大事だと思います。きっちり利益も出して社会貢献を持続させる。もうからんと社会貢献はあきません。ご静聴ありがとうございました。