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2013年5月24日(金)第4,440回 例会

ソフト・ローとハード・ロー

小 原  正 敏 君(法律)

会 員 小 原  正 敏  (法律)

1951年生まれ。’76年早稲田大法学部卒業,司法試験合格。’79年きっかわ法律事務所入所。’85年イリノイ大ロースクール修士課程修了,米国の法律事務所勤務の間にニューヨーク州弁護士登録,’12年日本弁護士連合会常務理事・大阪府情報公開審査会委員。’05年6月当クラブ入会。

 皆さんは「ソフト・ロー」とか「ハード・ロー」というような言葉は,あまり耳にされたことがないのではないかと思います。堅い法律,一般の法律だけでは社会がうまく回っていかないということで,ソフト・ローによって社会をうまく運営しようと,主として法律学者を中心とした関心が高まっています。(スライドとともに)

 ハード・ローというのは一般の法律で,具体的に言いますと国会が制定する法律,内閣や大臣が定めます政令・省令,地方自治体が定めます条例です。これに対してソフト・ローは何かと言いますと,私的な取り決めとか申し合わせ,執行の面で自主的に履行されている法律。要するに国家による強制執行力や拘束力のない法律の総称です。ハード・ローに比べると柔軟で,多様な内容を持つことができ,さらには可変性といいますか,事情にあわせて変えることが容易にできるところが特徴です。

安全確保,紛争予防に有効

 ソフト・ローがうまく生かされているのが医療分野です。医師法とかの法律で定められている以外のガイドラインであったり,指針であったり,体制の構築であったり,そういった取り組みが,われわれ法律家にとっても非常に参考になります。医療分野で取り組みが進展したのには,いろいろな経験があると思います。例えば医事紛争に対する対応の変化です。医療分野では刑事・民事裁判によるアプローチの限界と問題点があるということはよく言われております。医療事件の裁判例は2004年を機に減り始めています。医療上のトラブル,ヒューマンエラーについては,責任の追求ではなく原因,再発の防止というところに力点を置くべきだったのですが,これが不幸にして刑事事件になったところ,何も解決しなかった。

 ハード・ロー,民事・刑事による対応では,医療現場に対する悪い影響がものすごくあったとも言われています。患者さんとお医者さんの信頼関係,あるいは関係の修復も図れないということで,今日ではほとんどの病院,大学で,事故があった場合にまずチームで対応しますし,患者さんのケア,院内における話し合いによる紛争の解決ということに取り組まれています。こういった今の医療現場で導入されている仕組み,あるいは医療安全の確保,紛争予防のための仕組みは,まさにソフト・ローそのものです。

企業経営などに活用広がる

 このような取り組みは,最近では医療分野以外でも随分活用されるようになってきております。教育分野ではいじめ問題をいかに予防し解決するかという点に,環境分野でもソフト・ローを活用する取り組みがなされてきております。ビジネス分野では,例えば独占禁止法の遵守プログラムや下請法の遵守プログラムであるとか,セクハラ,パワハラ,メンタルヘルスなどの個別労働問題が起こる前に,それを早くすくい上げて適切に解決していくための体制づくりというようなものが,随分進んできていると申し上げていいのではないかと思います。

 私も何社か社外取締役をさせていただいていますが,今の日本の会社に本当に内部統制,あるいは企業統治のシステムが根づいているのだろうかということを時々感じることがあります。日本の会社がグローバル化するためには,欧米のスタンダードな会社になっていかなければならないということで様々な制度が導入されましたが,問題は役所の一つのサンプルであるとか,業界他社はどうしている,アメリカでどんなことをしているかなど,横並びで同じようなシステム,マニュアル,規則類が備えられてしまうという実態があるのではないでしょうか。会社ごとの実態,実情に基づかない形式的な行為基準,行動基準というものが定められ,従業員が遵守を求められる形になっている。

 内部統制によって一体何を実現しようとするかというよりも,内部統制を守ること,基準遵守自体が自己目的化してしまっているというところがありはしないか。遵守のためにものすごい労力とコストがかかっているというようなことも否定できないところではないでしょうか。

 では,それを導入したら,企業のコストパフォーマンスとか,業績とか,あるいは不祥事防止への実効性が図られたのかというと,有名なカメラメーカーとか,製紙メーカーの事例なんかを見ましても,いずれも社外取締役を選任していた会社ですが,実効性に疑問もあります。わが国でこういった内部統制,あるいは企業統治をソフト・ローを使って機能させていくためには,もう一工夫が必要なのではないかというふうに考えます。

実情に合ったルールづくりがカギ

 ソフト・ローが真に有用なものになるには,自主性と納得いく基準というものが必要になってくると思います。横並びでこれを守らなきゃいけないんだという形で押しつけると結果的には遵守されない。よりよいソフト・ローにしていくためには,現場の実情に合わせ,現場の情報をくみ上げたうえでのルールの形成と,その主旨を十分に従業員の方に納得・理解してもらうための手続きが重要になると思います。それが,国家権力で強制されるものではなく,自発的な信頼関係に基づいて履行していくソフト・ローの有用性を担保するものではないかと考える次第であります。

 法律というのは非常に堅いモノでございます。会社の運営をうまくしていくためには,よいソフト・ローに基づくルールを構築し,よりよい会社の実現に取り組んでいただきたいと思います。