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2012年8月31日(金)第4,407回 例会

暮らしが変わると日本が変わる

喜 多  俊 之 氏

プロダクトデザイナー 喜 多  俊 之 

1942年生まれ。環境,工業デザインで活躍。液晶テレビ「AQUOS」のデザインで知られる。2011年に最も歴史と権威があるイタリアのデザイン賞「コンパッソ・ドーロ」を受賞した。

 皆さん,こんにちは。喜多俊之です。(今日は)スライドとともにお話ししていきます。

 1969年にイタリアのミラノを通った時に,ここは日本と一緒に戦争に負けたはずなのに一体何だろう,何が起こっているのかなと思い,3カ月住んでみようと思いました。私が感激したのは,イタリアが生活大国の様相をしていたことです。当時,システムキッチンがあったり,すばらしいソファーが置いてあったり,すばらしい照明器具があったり……。最近アジアが台頭してきていますが,シンガポール,香港,ソウル,台北,多くのアジアの国々が生活大国を目指して走り始めています。私はこれはと注目して,7年前にシンガポール政府からの招聘を受け,今年の4月まで嘱託という形でデザインアドバイザーを務めました。シンガポールといえば,皆さんご承知のように40年ちょっと前にできた国ですが,あっという間にこういうふうになりました。アジアの暮らしを変えようということで,最初からナショナルプロジェクトで,住まいを120平方㍍に設定したんです。日本の団地は60平方㍍ぐらいですから,ほぼ倍に近い。

デザイン大国化するアジア

 これはソウルですが,1980年代に入りますと,今まであった団地とか小さいマンションを高層に変え,広さを大体30坪から50坪ぐらいに変えていった。最近の韓流ドラマを見ると「えらいええとこに住んでるな」と思われるかと思いますが,これは事実です。私はイタリアの家具の仕事をしてますが,この5年ぐらいで東京や大阪にあったメインのショールームのほとんどがソウル,上海,シンガポールに移転しました。ソウル市の発展は官民挙げての成果です。今,韓国デザインは大変注目されていて,電気製品もそうですが,自動車もヨーロッパやアジアでアレと思って振り返ると,大体韓国車になってきている。中国も国を挙げてデザイン大国を目指そうと動いています。私も広東省の広州に事務所がありますが,デザイン熱は大変なもので,輸出産業のためというよりは,常に市民の暮らしの現場が根っこにあります。特に最近の住宅は目覚しい勢いで,いきなり街路樹として大木を植え始めて1週間で何キロにもわたって植えてしまう。シンガポール化といいますか,都市の公園化というのをものすごい勢いで進めています。

家の広さが内需を生む

 ここでも注目されるのは,家の広さです。家が広いということで何が起こるかと言いますと,内需の拡大です。普通のサラリーマンの方の家を見ても広くて,小さな家具は入れたがらない。なぜかと言うと,客を呼ぶんです。また,自分も訪問する。これは1969年のイタリアにあった現象とそっくりです。ソウルもそうですが,今は台湾でも同じ動きが始まりました。私は大阪芸大でデザインを教えていますが,このごろ学生たちに課題を出しても,えーというようなものが出てくる。考えてみると,日本はマンションが納戸化して家にお客さんを呼べなくなった。子どもたちはお客さんが来て「改まる」という体験があまりない。そういう意味から,ちょっと大丈夫かなと思っています。今急がないといけないのは家庭教育です。イタリアにはデザイン学校はちょっとしかなく,デザインの教育は家庭でやっている。家の暮らしがそうなんです。

暮らしが経済を活性化する

 日本はものづくり立国で,ものをつくるときに魂を込めてつくるという文化がある。板前もそうだし,日本刀を作るときもただつくるのではなく魂を入れる。輪島塗が売れないので「何とか……」という時に,2寸角の漆塗りで組み立てただけの空間(1.8立方m)である「二畳結界」をデザインしました。フランスのボルドー近くで島根県の古民家移築のプロジェクトがあり,この二畳結界で記念のお茶会を開きました。ここで何をするかというと,夏の間に世界のクリエーターたちの研究をやっているんです。日本のこの家というのはエコ文化の固まりなんです。これを勉強させたいと言うことで移築してきたわけです。

 私たち日本には,自然や伝統工芸文化や,特に精神的な魂を込めてものをつくるというすばらしいコンセプトがあります。しかし,それをどう使うか,どこで使うかといったら,やっぱり家庭なんです。暮らし,生活を豊かにするというか,活性化するというか,これが大切なんじゃないかと考えるわけです。

 アジアの国々に行ったり来たりしている間にみえてきた,この日本のすばらしいいいところと,もっと住環境をどうしたらいいのかなという提案をしようと,近々大阪国際会議場で「LIVING & DESING 2012」を開きます。一般の主婦の人たちに「家庭で料理をつくるのが楽しいように,インテリアすることも楽しいよ」という提案を展開していく。それが始まったら,消滅の危機にある漆や着物,いろいろなものが復活してくるんじゃないかと思っております。大学生たちが「暮らす」ということについてわからなくなっているところがあったので,それは大変だなというような単純なところから始まったのですが,日常の暮らしが活性化したら内需が拡大するんじゃないか,内需が拡大すれば当然日本の経済産業が変わるんじゃないかというふうに思うわけです。

 私と縁が深いイタリアは現在経済は本当に大変ですが,そんな中でも国民はとても幸せそうな感じがします。それはなぜかと言うと,住まいなんですね。住まいをすてきにしているから,少々いろいろ経済の波があってもあまり悲壮感がない,そんな感じがします。

 そんなことからも,住まいが変われば,私たちの日本の経済もものづくりも変わるんじゃないかと考えております。これで卓話を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。