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2012年1月27日(金)第4,379回 例会

TPP亡国論

中 野  剛 志 氏

京都大学大学院 工学研究科
准教授
中 野  剛 志 

1971年神奈川県生まれ。東京大学教養学部卒業,エディンバラ大学より博士号取得(社会科学)。経済産業省構造課課長補佐を経て,現在,京都大学大学院工学研究科准教授。専門は経済ナショナリズム。主な著書に「国力論―経済ナショナリズムの系譜」「自由貿易の罠」「TPP亡国論」「国力とは何か」。

 限られた時間で十分に説明できるか存じませんが,30分で国を滅ぼしてみせましょう。

TPPは実質「日米協定」

 住宅バブルの崩壊と2008年のリーマンショック後,購買力が低下した米国は輸出倍増へと貿易戦略を転換しました。TPPと米国の輸出倍増戦略の関係を説明します。日本ではTPPのメリットとしてアジアに輸出が増え,成長を取り込めると政府は言い続けてきました。TPP交渉参加国9カ国に仮に日本が入った場合,10カ国の国内総生産(GDP)シェアを比較すると7割は米国,2割は日本。これは日米協定です。4.3%は豪州,残り7カ国で4.2%,うち3,4カ国がアジア。アジアは,全体で2~3%です。

 日本は輸出,貿易立国という勘違いが多いですが,日本の輸出依存度はGDPの1割しかない。これは米国と同程度です。米国以外は,すべて日本よりも外需依存度が高く,裏を返せば日本よりもGDPに占める国内市場の比率が低い。つまり日本が輸出できる国内市場なんかないのです。米国以外にない。

 4.2%の3,4カ国がアジアで,ここがどれだけ成長すれば日本はアジアの成長を取り込めるのでしょうか。日本がTPPの中で期待されているように輸出が伸ばせるとしたら,輸出先は米国しかない。ところが米国は戦略を転換した。米国の狙いは,あの4.2%ですか。違います。日本です。

すでに関税は低い

 TPPに入って両国で関税を取っ払ったら,米国に輸出が伸ばせると思いきや,そうはいかない。自国市場を守り,相手市場を奪う手段は関税ではなく,貿易戦略上最も重要な武器は為替,通貨です。製造業,経団連のリーダーが円高が進行するたびに言います。「このままだと海外に工場を移転せざるを得なくなる。国内が空洞化してもいいのか」と。グローバル化して円高で簡単に工場を海外移転できる。関税の向こう側で工場建ててるんだから,関税の有無は関係ないんです。

 日本の自動車産業は,米国における新車販売台数の6割~8割が現地生産です。韓国も米国で生産してます。サムスンやLGが急に競争力が強くなったのは,08年にリーマンショックでウォンが暴落して,日本の円の半分以下になったからです。

 米国の関税は高くありません。自動車の関税はたった2.5%,テレビは5%ぐらいです。5%ぐらいの関税を取っ払ってもらったって,円高が5%進めば,そんな効果は全部チャラです。

 ただ,グローバル化できない農業を守るためには関税は依然として重要です。日米で関税を撤廃したら,米国が有利になるに決まっています。日本の製造業は,農業には気の毒だけど,輸出でもうかるからいいんだ。彼らはどうせ保護され過ぎていたんだと輸出しようと思ったら,円高・ドル安で全く輸出が伸びません。米国は自国市場をプロテクトするんですが,ドル安によってかつてない競争力を身につけた米国の農産品は,関税がなくなった日本市場に襲いかかってきます。

 米国の農業は,農家1戸当たりの耕地面積は日本の120倍です。こんなに規模が違うのに,関税なしで,ドル安の恩恵までついた米国農業と戦ってでも生き残れるように農業を構造改革しろと,TPP賛成論者はずっと農家に言い続けました。どうやってするんですか。そんなひどい努力を日本の農家に課すんだったら,日本の製造業は2.5%~5%の関税があったって韓国に勝てるように自分たちが構造改革しましょうよ。違いますか。

暗い未来

 日本が閉鎖的と言われますが,全品目平均関税率は,米国より日本のほうが低いのです。こんな国が,国を開きます,と宣言したんです。論点は関税の撤廃は当然のことながら,非関税障壁に移ったわけです。それは農業だけの問題ではありません。

 TPPの作業部会は21分野あり,農業は一つに過ぎません。関税率が低い国が開国を宣言すれば,ターゲットは非関税障壁,外国企業が日本で商売するにあたって,邪魔だと思うものすべてです。社会的規制,食の安全,慣行,規格,文化,言語……。まずそれを取っ払えとなるでしょう。つまり,「米国企業に有利なように日本の国内ルールを変える」ということが最初から目当てです。

 TPPは自由貿易で,自由貿易はいいものだと言われているわけですが,自由貿易はいつでもいいわけではありません。特に今はまずい。日本はデフレです。需要が少なく供給が多いから物価が下がる。そのときに,安い製品が入って競争が激化して生産性が向上したら,需要と供給の額がもっと広がる。そうするとデフレが促進されます。

 国際競争力を強化しろとよく言いますが,企業の競争力というのは人件費カットです。賃金の引き下げとリストラです。そうすると内需は縮小する。グローバル化以前は,賃金引き下げで内需が縮小すると市場が縮小するので企業は困りましたが,今は外需がある。仮に,強い国際競争力をつけて,輸出を伸ばして黒字をため込んだ暁には,変動相場制の下では円が高くなり,これまでつけた競争力は全部相殺されます。変動相場制の下では,輸出主導は成長できないんです。輸出主導は円高をもたらしますから。変動相場制になったのは40年も前です。もういい加減わかっていただきたい。

 TPP推進論の根拠は,系統的にすべて間違っています。でも,ご心配には及びません,既に交渉参加の表明がなされましたので。以上です。(スライド使用)