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2011年7月29日(金)第4,358回 例会

百歳までの気力・体力

宮 下  充 正 氏

東京大学
名誉教授
宮 下  充 正 

1936年生まれ。東京大学大学院教育学研究科体育学専攻博士課程修了後,名古屋大学助教授を経て,’81年より東京大学教育学部体育学講座教授,’87年より新設の同スポーツ科学講座教授,’97年同大学定年退職。東洋英和女学院大学教授,放送大学教授を経て,現在,(学校法人)首都医校校長。(社)日本エアロビックフィットネス協会会長。(社)日本ウォーキング協会名誉会長ほか。主著:「子どものからだ」「トレーニングの科学」「中年からのスポーツ」「あるく-ウォーキングのすすめ-」など。

 『100歳までウォーキング』という本を出版しました。趣旨は「ウォーキングを実践して100歳まで寿命を延ばす」。しかし,寿命を延ばすだけじゃダメで,「100歳になっても介助なしに動きができる」,この2つを入れて本を出版したわけです。

 世の中,機械化・省力化によって過酷な労働から解放され,食料が豊富になって栄養物質が充足し,私たちの寿命を延長しました。一方で,運動不足,体脂肪の増加をもたらした。これは生活習慣病という言葉で表されます。したがって,手軽にできるウォーキング人口は増え,3千万~4千万人が「やりたい」「やってる」と答えるまでになりました。

 問題は寿命が延長することです。これは間違いなく老齢人口が増えるわけで,何か病気を持っています。生活習慣病が発症し,医療費・介護費が非常に高くなります。

 2010年の国家予算,一般と特別を入れて266兆円ぐらい,医療費・介護費が39兆円で,14.5%に当たります。実績で見ると,2009年の医療費1人当たりが70歳未満で16万8,000円,70歳以上になると77万6,000円と4.6倍。2009年の医療費は,70歳以上で実に44%を占めます。

 高齢化は治療を必要とする人が増え,介護を必要とする人が増えます。もう1つ,医療が高度化するので単価が高くなり,医療費・介護費の増加につながります。一方で子どもが減っていますから,国民の負担が増えます。

 その結果,一番私どもが嫌な思いをするのが「老々介護」です。老々介護の介護者の方が絶望し,相手を殺害して自殺する。夫婦の場合もありますが,親子の場合も,親が100近くなると子どもも70を超えるので出てきます。

 これがどういうことでもたらされるかと言うと,老化を促す遺伝子が働くわけです。私たちが動く筋肉に当てはめると,筋肉の細胞は年齢とともに減ります。素早く力強く働く筋肉の細胞が選択的に萎縮すると言われます。

 さらに,生きる目的を失ってきます。新しいものを生み出せなくなるから,気力が弱くなる。最近,東日本大震災後の年寄りが大変悲惨な目に遭っているのはわかると思いますが,働く場所がないとか,生きる目的が失われ,悲惨な状態になるということです。

 この悪循環を断ち切るには運動するしかないのです。だから,私たちは運動を勧めるわけです。運動で元気な老人を増やそう,病気の予防をしましょうということです。高齢者は2025年まで増えます。元気にいてくれることがわれわれの望むところですから,元気な老人を増やすには運動を勧める。それが生活習慣病の予防になり,高額な医療費・介護費を節減する図式になります。

2つのウォークがお勧め

 私は「ノルディック・ウォーク」という,両手で杖をついて歩くのを勧めています。足元が危うくなった人が,両手に杖を持つことで3点支持になるので,歩くのが安定します。さらに姿勢がよくなります。

 もう1つは「水中ウォーキング」を20年ぐらい前から勧めています。肥満の人,ひざとか腰が痛い人でも,重力が浮力と相殺されるので,運動として非常にいいんです。特定なところが痛くなることはありません。汗をかかないで,さっぱりして終わる,運動としてはとってもいいと思います。

 こういう運動を勧めても人間はやらないんですね。やらせる指導者が大事です。運動しようという気力を持たせ,継続する気力を保持させる指導者がいないと続かないんです。

 週2日から3日の頻度で1日30分間以上の継続,やっていてややきついと感じる――歩きながらちょっと息が弾むぐらいですが,そういうことをすると,体力が確実に回復するのは研究で明らかで,肥満は解消します。

長寿と引き換えに高額医療費

 ここが肝心ですが,運動を適正に指導すれば生活習慣病は予防できます。医療費・介護費の軽減につながることは確かです。しかし,それは当座のことで,医療費・介護費が必要となる時期を先延ばしにするに過ぎないと,私は最近反省しています。

 私が言いたいのは,長寿と引きかえに,高額な医療費・介護費を負担しなければならない覚悟を決めるしかないということです。

 医療費・介護費軽減のために,健康のために運動するのではなくて,寿命が尽きるころ,病気にかかり,寝たきりになることも受け入れる覚悟をすべきだと思います。「命ある限り動ける喜びを味わうために運動しよう」という心づもりがいいのではと思っています。

自分で動ける楽しみを

 「健康のために運動しましょう」と言っても病気になるので,そういうことは潔く受け入れ,年を取ってから長生きしようなんて考えないで,あっさり受け入れることが世のためになるんじゃないかと思います。

 しかし,それまでは自分で動ける楽しみを十分味わってほしいと思います。自分で動けるというのは運動しない限りできないですから,旅行ができ,いろいろなところの美味しいビールが飲める,こういうことで残りの人生の生きがいを感じようと思っています。

 皆さんは非常にいい集まりを持たれていますので,体を動かすことを心がけ,その日が来るまで楽しく語り合うことがいいのではないか,また,そうできることでいろいろな所へ行き,その土地で自分の楽しみを味わっていくことがいいのではないかと思います。