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2011年5月13日(金)第4,347回 例会

音楽と向かい合う

戸 田  弥 生 氏

バイオリニスト 戸 田  弥 生 

桐朋学園大学を首席で卒業後,アムステルダムのスウェーリンク音楽院に留学。1993年,エリザベト王妃国際音楽コンクール優勝。
’05年,エリザベト王妃国際音楽コンクールから審査員として招かれる。’10年,ピアノのヴァレリー・アファナシエフ氏とデュオ・リサイタルを行う。使用楽器は上野製薬株式会社より貸与されている1740年製ピエトロ・ガルネリ。

演奏 ♪バッハ・シャコンヌ♪

私が音楽を始めたのは4歳の時でした。生まれ育った福井市で,両親の勧めでバイオリンとピアノを習い始めました。その時は一生,音楽を勉強する人間になるとは両親は全く考えていませんでした。だんだんと厳しい道に入っていかなくてはいけない娘に,父は「もうそろそろ音楽をあきらめて,ひとりの女性としての幸せを考えてはどうか」と申してくれたこともありました。

厳しいレッスンの10年

高校から上京し,桐朋女子高等学校の音楽科に入学。世界的なバイオリニスト,江藤俊哉先生に師事しました。腹痛を感じるぐらいの厳しいレッスンが約10年間続きました。私の記憶の限りでは,一度もレッスンでほめられたことはありませんでした。楽譜の1音1音をとめられ,音程の良し悪し,表現の仕方,右手の弓の使い方など,非常に細かく徹底的に教わりました。

ただ,そのレッスンが終わると,ガラッと雰囲気が変わり,父親のような温かくてとても大きな方でした。私はしかられながらも「先生のようなすばらしい音楽家になりたい」と必死でレッスンに通った自分をとても懐かしく思い返します。

桐朋学園卒業後,江藤先生の紹介で,江藤先生の親友であるオランダのヘルマン・クレバース先生の門下として,オランダ・アムステルダムのスウェーリング音楽院に留学しました。ここでは,とても自由で,演奏するのが楽しくて楽しくてたまらない。「こんなに楽しく練習していて,果たして自分は本当に上達しているのだろうか」と悩むほどでした。

優勝で多くの出会い

留学を始めて約1年後の1993年,ベルギーのブリュッセルで聞かれたエリザベト王妃国際音楽コンクールに臨みました。歴代の優勝者には,ダヴィット・オイストラフやレオニード・コーガンといった巨匠が名を連らねています。4年に1度,バイオリン部門が開かれるので,出場を逃すと,4年間,待たなくてはいけません。まるでオリンピックのようです。

私がこのコンクールを受けようか迷っていた時,クレバース先生から「結果に惑わされるなら受けてはいけない。自分の音楽への気持ちがそこで否定されると考えてはいけない」と忠告されました。コンクールが始まり,1次予選,2次予選と,信じられませんでしたが,どんどんと進んで,ファイナルの12人に選ばれました。約2時間も演奏する非常に過酷なファイナルの舞台も終わり,優勝をいただきました。

世界的なコンクールでの優勝ですので,将来を約束され,夢のような音楽家生活が始まると錯覚されがちですが,現実は全く違います。この音楽の世界は常に競争の世界で,孤独な練習を毎日何時間も積み上げなくてはいけません,演奏のステージの華やかさとは裏腹に,非常に厳しい,非人間的な日常生活の中に身を置かなくてはいけません。

目の前の大きな扉が開かれ,演奏家としてのいろいろなチャンスが広がりました。今振り返ると,優勝の日を境に自分の生活はずいぶんとハードなものになりましたが,すばらしい演奏家との出会いや共演,いろいろな国々の人々との交流から得たものは今の私にとって得難い大切な宝だと感じています。

コンクールから約18年という長い時間を感じて,今,思うことは,いろいろな方々への感謝の気持ちです。コンクール優勝当時,まだ青二才でこの世界は自分の実力で切り開いていく,自分の力だけで生きていけると偉そうな世間知らずのことを考えていました。しかし,18年の時間の中で,いろいろな方々に助けていただき,温かな応援に支えていただいて,私は演奏させていただけるのだと強く感じています。

父親の言葉を胸に

この場をお借りして,今日ここで演奏させていただく機会を与えていただいた上野製薬様に,心からお礼を申し上げたいといます。2006年2月,それまでお借りしていた楽器を期限が終わったということでお返ししなくてはならず,突然,楽器がなくなってしまい,非常に困っておりました私に,今日演奏させていただきました「ピエトロ・ガルネリ」を貸与してくださいました。今はお亡くなりになった上野隆三会長の前で最初に演奏させていただいた時のことを今も忘れられません。

上野会長のご家族や会社の皆様が心から音楽を愛して大切にしておられることがひしひしと伝わり,私は心から感謝の気持ちでいっぱいになりました

バイオリンは楽器によって演奏に差がついてしまいます。また,非常に高価で,とても一個人が手に入れられるものではありません。バイオリニストは皆,すばらしい楽器の力によって演奏の幅も広がり,音楽家としても成長させられます。この「ピエトロ・ガルネリ」に支えられ,夢も広がり,その夢を実現していくパワーをいただきました。この楽器との出会いを大切にしていきたいと思っています。

私が小さいときから,今はもう亡くなった私の父がいつも「音楽をやるなら本物をやりなさい」と言ってくれました。その言葉から,音楽に向かい合えるだけの自分,自分と向かい合えるだけの人間の力,音楽家として一生をかけてやり抜く,生き抜くことをどのような時も忘れず,時間をかけてゆっくり自分の音楽の道を築いていきたいと思っています。