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2010年11月12日(金)第4,325回 例会

ZD社会への警鐘

伊 藤  公 一 氏

(株)イトゥビル
取締役会長
伊 藤  公 一 

1940年生まれ。’54年甲南中学校を中退して渡米。
’63年エール大学数学科卒業。 ’64年日本電気に入社,退職後,’70年アメリカ・(株)レイケムに入社。
’75年同社代表取締役。’86年(有)伊藤アソシエーツ(日米間企業のコンサルタント業務会社)を設立し,代表取締役に就任,現在に至る。’94年米国投資信託アメリカン・ファンズ取締役,’10年取締役会会長に就任,現在に至る。’02年イトゥビル取締役会長,現在に至る。

 「ZD社会への警鐘」の「ZD」は「Zero Defect」,つまり不良品絶滅運動のことです。有名な統計的品質管理の大家,デミング博士が戦後,品質管理の手法などを日本企業に伝授し,それまで「安かろう,悪かろう」だった日本製品が大幅に改善されました。1960年代から80年代にかけて,「ZD運動」が日本で大変盛んになりました。これが日本の「ものづくり王国」としての大きな基礎だったと思います。

無欠陥社会のひずみ

 「ZD」は規格に忠実にものを作り,不良品を撲滅することです。欠陥があれば,必ず原因があるから,原因を追究する。原因を追究するのは生産現場の人たちでつくる「QCサークル」で,仕事をしながら気づいた点を改良していくというものです。

 日本の製造業のベースとなった「ZD運動」,「ZD思想」が目指した「高品質」は「均一品質」ということで,「高性能」ではありません。同じようなものがばらつきなく,ぶれがなく作るということです。それが日本の経済発展の大きな原動力だったと思います。

 私が今,心配するのは「ZD思想」が社会構造に入り込み,無欠陥社会を目指そうとするような考えがはびこっているように思えることです。外国から来た人たちは日本を見て「すべてが時計のように正確に動く」と感心します。それでは,その時計の中に住んでいる私たちはどうなっているのでしょうか。

 人間がまるでZD工場の「もの」みたいな感覚になっている面があると思います。つまり「人の規格化」です。例えば,教育についてはすべてが文科省のもとで規定されて,どんなに頭のいい子でも飛び級はでません。諸外国では,大学1年生で大学院の授業を受けている学生がいますが,日本ではそれは許されません。

 学生の就職においても同じ傾向が見られます。大学4年間の一番重要な時期である3年から就職活動が始まり,学生は皆,リクルートスーツに「梱包」され,規格化されたように同じように会社を訪問します。アメリカの大学3年生たちは「ジュニア・イヤー・アブロード」のプログラムを使って自分が興味をもつもの,あるいは専攻の分野を外国で学んだり,さまざまな貴重な体験をしています。私の知人の娘さんは3年生の時,ガーナで英語を教えていました。

 今,日本で留年する人が10万人を超えていますが,そのうちの7割は「就活留年」です。彼らが結局,1年間何をするかというと,「ZD社会」の中できちんと梱包されるために,1年間を無駄にしているのです。

閉塞感の原因

 企業は採用時,青年海外協力隊に行った人をあまり好まないこともあって,海外青年協力隊の志望者は今,2,000人を切っています。

 日本の社会では,基準からはずれる人は皆,ダメなんです。だから,学校ではいじめの対象になります。「背が低すぎる」とか「デブだ」とか,いろいろな理由でいじめられます。きちんと枠にはまっていなければ,いじめられるような環境があるのです。

 私はアメリカのエール大学の入学志望者の面接をしており,日本の高校生をアメリカの大学に送り出す「グルー基金」という奨学金の面接官もしていますが,彼らのほとんどが日本に帰ってきて,いじめにあっているのです。つまり,基準に合わないからです。

 私は2年ほど,アメリカに勤務したことがあり,高校1年の息子を連れていって近所の高校に入れました。1週間して息子が「アメリカっていうのは不思議な国だな」と言うのです。「僕の英語を聞いていたら,僕は英語なんてまともに話せないのはわかるのに,隣のアメリカ人が僕に英語の質問をしてきたんだ」。日本なら,まともに日本語をしゃべれない人はいじめの対象になるでしょう。日本は多様性を否定するような社会になっています。今の日本は閉塞感があると言われますが,これはそういうところから来ているのではないかと思います。

社会を過保護に

 「ZD思想」は社会的に過保護を促し,自己責任のなさを助長しているように思います。消費者金融の規制について申し上げると,ギャンブルや酒で自分の経済管理ができない人たちが,年収の30%以上の金を借りないように,あるいは金利で自己破産をしなくて済むようにということで,29%の金利を15%に無理やりに下げたということだと思います。

 これで困っているのは中小企業です。1週間や半月のつなぎ融資が受けられなくなりました。要するに,がんじがらめに過保護にすることによって,まじめに仕事をしている中小企業の人たちを苦しめる結果になっています。

 新幹線の年間の平均発着遅延時間は10秒に満たないのです。アメリカの飛行機に乗ったら,「皆様,お待たせしています。今,最後の搭乗者を待っております」という機内アナウンスがあり,その最後の搭乗者が実はこの便の機長だったということがありました。日本でそんなことが起きたら,航空会社の社長はテレビの前で,謝らなければいけないでしょう。ところが,乗客たちの反応は「まあ,しょうがないな,人間誰だってそういうことがある」と非常に鷹揚でした。私は日本において,もっと自由に,もっと多彩に,もっと人間らしく生きていける社会がつくられることを切に願っています。