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2009年11月13日(金)第4,279回 例会

金融危機後の世界経済と日本経済

早 川  英 男 君(中央銀行)

会 員 早 川  英 男  (中央銀行)

1954年生まれ。’77年東京大学経済学部卒業。
同年日本銀行入行。
’95年調査統計局物価統計課長。’96年同経済調査課長。’01年調査統計局長。’07年名古屋支店長。’09年理事大阪支店長。’09年当クラブ入会。

 今回の金融危機の本質は,信用バブルの崩壊です。日本が経験したバブルの崩壊とそんなに違いません。基本的に誰かが借金をしてアセット(資産)を買い,その価値が崩落したということです。アセットを買った人もバランスシートが毀損します。「慢性症状」と呼んでいます。日本は1980年代,企業部門が過剰債務を抱えましたが,今回のアメリカは基本的には家計部門が過剰債務となりました。何年もかかってその借金を返していかなければならず,経済にマイナスの力が働きます。

  去年の9月15日にリーマン・ブラザーズが破綻して起こったことを,我々は流動性パニックと呼んでいます。バブル崩壊の「急性症状」です。金融市場のプレーヤー同士が信頼できなくなり,すべてのものをキャッシュに換えようとする動きが始まりました。急激な金融引き締めと同じことになります。去年の秋,アメリカ,ヨーロッパの中央銀行が金利を下げても,実際のマーケットの金利は急上昇しました。その後,借金をして買う住宅とか自動車の需要が蒸発し,貿易を含めて物の動きが止まりました。

「急性症状」は終わる

 世界中の中央銀行が大量の流動性を市場に供給,金融機関に公的資本を注入し,金融恐慌の再来は防げました。世界景気は猛烈な勢いで落ち込んだ後,比較的速やかにリバウンドしました。基本的には金融危機の急性症状が終わった効果だと私は思っています。

  バランスシート調整は,ある種の生活習慣病で,時間をかけて体質を改善する,借金を返す以外に道はないです。金融危機後の世界経済は,恐らくアメリカ,ヨーロッパの先進国は低成長が続く可能性が非常に高いです。

  一方,新興国の成長は続くと思います。生産性の低い農村,田舎の人たちが都市に出てきて,第2次産業,第3次産業の生産性の高い分野に移り所得が上がる。テレビや車が欲しくなります。アメリカの過剰消費がなくなったからといって消える話ではありません。

  成長資金を外国からの資金流入に仰いでいた東欧諸国などは,回復の度合いも緩やかなものにならざるを得ません。

日本経済は「変曲点」

 日本経済の現状を「変曲点」という言葉で表しました。輸出・生産は,過去半年余りは比較的速やかに戻ってきました。世界経済のバブル崩壊の回復局面で起こったことです。

  ただ,それは多分,ほぼ一巡しましたので,ここから先は成人病を抱えた中での動きになります。輸出・生産の伸びはスローダウンしていく可能性が高いと思っています。

  同時に内需の回復力はかなり鈍いと考えざるを得ません。倒産,失業が増えたと報道されていると思いますが,GDP,生産の落ち方との対比で見ると,倒産は少ないし,失業の増え方も抑制されていると理解しています。

  麻生政権時代の政策がそれなりに効いたということです。中小企業への緊急信用保証によって倒産が相当抑制されていると思います。

  ここ1~2カ月,企業のトップの方とお会いした印象を申し上げると,経済状況が良くなっているにもかかわらず,企業の人々の顔色が必ずしもそれにつれて良くなってはいません。一番厳しい思いをした後,少し良くなっている局面ではホッとするのですが,胸突き八丁になると,むしろ先は長いなと多くの方が思っておられると思います。

  そこへ政権交代が起き,新しいことが起こるのではという国民の期待感は非常に高い。経済界の方にお目にかかっても,個人としては世の中,変わることへの期待感は相当あると思うのですが,自分の企業の事業計画を考える上では不確実なことが増えたという印象を持っておられる方が多いと思います。

  やや長い目で見た問題点としては,恐らく輸出産業の海外シフトが加速するだろうということです。

  そのほか,労働市場の硬直性の問題があります。去年の年末あたりは派遣切りと言って,非常に厳しい批判を浴びました。本音を言うと今,人が欲しい会社はたくさんあります。しかし,先行きがよくわからないこともあって,この時点で非正規雇用を増やすことに対しては非常に慎重になっています。

  この国の成長はどういうふうにもたらされるのかが非常に大きな問題です。

「壁」は再建できない

 2009年の11月,ベルリンの壁が崩壊して20年になります。東欧の旧社会主義国では,昔はよかったというノスタルジーが随分広がっているようです。昔は失業がなかった,平等だった,社会主義時代はよかったという思いが広がっているような気がします。

  日本のバブル崩壊から20年でもあり,日本でも同じような風景が広がっている気がします。昔は皆誰でも努力すれば豊かになれた,皆平等だった,昔は良かったということです。

  しかし社会主義国に市民的自由はなかったし,共産党政権の特権階層のことを忘れていませんか,決して平等ではなかったですよね。

  日本だって,今はなぜか正社員という生き方があこがれの的のようになっていますが,20年前は「社畜」なんて言葉がありました。

  確かに,グローバル化をうとましく思う気持ちがあるのはよくわかります。しかし中国,インドでは,本当に貧しい人たちが豊かさを手に入れつつあるわけです。日本だって,女性の働く場所は,はるかに広がってきました。

  「壁」は自分たちで壊したんです。勝手に壊れたんじゃないんです。日本でも同じことです。「壁」の再建はできないということです。新しい政権が目指すものは,まだよくわかりません。それがもし仮に日本的社会主義の再建であるとすれば,失望に終わる可能性が高いと申し上げたいと思います。