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2009年10月30日(金)第4,277回 例会

企業と市民, 大学による芸術支援
~取手アートプロジェクト

熊 倉  純 子 氏

東京藝術大学音楽創造学部
音楽環境創造科准教授
熊 倉  純 子 

1958年生まれ。慶応大学卒業・修士課程(美学・美術史学)修了。パリ第十大学卒。’92年から10年間,(社)企業メセナ協議会に勤務し,企業の芸術文化支援の促進に従事。出版,調査研究,国際シンポジウムなどを担当する。’02年4月から,東京藝術大学に新設された音楽環境創造科で,社会と芸術を結ぶ人材を育成している。

 東京藝術大学の新しい学科,音楽環境創造科は,音楽に限らず演劇,映像,ダンス,美術,空間,建築を,幅広く教えています。専門は文化政策,企業による芸術支援,アセットマネジメントですが,お金をもうけるアセットマネジメントは専門ではありません。町の活性化ということで,町の人たちをつないで元気にする力がアートにはあるということを,現代美術の若い作家たちが町に繰り出している映像とともにご覧いただきます。

奉仕の精神で

 「取手アートプロジェクト」は大きなプロジェクトではありません。予算2,500万円ぐらいです。注目されている1つは,ここにキャンパスがある東京藝術大学のかかわりです。

  そんなに多くの教員や学生がかかわっているわけではありません。市民の方々が,藝大がやるんだったら一緒にやってみるかと,市民主導型で運営されていると思います。

  秋のメインイベントは,毎年交互に2つのことをしています。「オープンスタジオ」は,藝大がある関係もあって,ここにアトリエを構える作家さんが大勢いらっしゃって,そのアトリエを公開するというものです。今年は開催の年で, オープンスタジオでない年は「公募展」です。われわれが毎年掲げるテーマに,(若いアーティストが)作品プランを応募してチャレンジします。

  藝大の壁画科に依頼して,大学院生全員に図案を描いてもらい,市民の方々に投票していただいた結果,選ばれた壁画が高架下などに描かれています。

  作品の準備のプロセス段階から町に深くかかわるのが,アートプロジェクトの大きな特徴です。その1つが,市内の人的資源をサポーターやスタッフとして登用していくということです。施設面でも,シャッター街となった商店街,遊休施設を活用して展示をします。

  運営形態は実行委員会方式で,実行委員長は藝大の学長,副委員長は取手市長です。実働部隊はボランティア組織です。サポーターは「本番の時には,ちょっと手伝いたい」と言ってくださる方々です。「そうした時間もない」という方々に参加いただける小口寄付が「タップエンジェル」という仕組みです。タップとは取手アートプロジェクトの略です。

  エンジェルは,アメリカでベンチャービジネスに資金を提供する投資家のことを指しますが,ここではお金になって戻らず,奉仕の精神が戻ってくるということでしょうか。

  町に縁もゆかりもない若者たちが,アートがあるということで活動に来てくれるところが,アートの持つ最大のパワーだと思います。ネットワークを持つ市民が人を紹介,知恵を授けることでチームワークができました。

窯の周りで宴会

 実際に幾つか作品をご紹介します。2004年は「公募展」の年で,「2分の1の緩やかさ」というテーマでした。

  椿昇さんは大阪在住,現在は京都造形芸術大学で教鞭をとっていらっしゃる国際的なアーティストです。竹炭を焼く特製の窯です。取手には,放置竹林があります。

  これを刈り入れ後の田んぼに建てて,皆で竹を伐って,割って,干して,この中に詰めます。焼き上がるのに一昼夜かかります。この周りで,皆で宴会をするだけの作品です。

  椿昇さんのファンで,この作品のためだけのサポーターが全国各地からたくさん集まりました。プロジェクトが終わったら全国にまた散り散りになります。それじゃもったいないと,この作品は取手市のロータリークラブの会員のお宅が引き取り,この周りで一晩宴会をするイベントを何年間か,続けてくださったようです。

  もう1つ,04年に行われて,今でも取手で続いているプロジェクトをご紹介します。小山田徹さんも京都芸大のご出身で,京都在住のアーティストです。

  取手には県営の競輪場がありますが,地元としては競輪場の存在はややうとましい,そういう動きもあるようです。その話を市民から聞いた小山田さんが考えたのが,「取手蛍輪」です。速さを競うのではなくて,足でこいで光るライト,ダイナモ発電に限定し,蛍のような輝きの風情を競うレースです。

  応募してくださった出場チームに(ダイナモの発電機を)お貸しします。アーティストがアドバイスをしながら,それぞれのチームのデザインをして,小学校の体育館でレースが行われました。お寺の幼稚園児と住職さん,市役所の野球チームも出場しました。その後,市民の方々が手づくりでイベントを引き継いでくださっています。

  3年前からは,ぜひ競輪場を使ってくださいということで,去年からは真ん中の芝生のところで,この「蛍輪」が行われているようです。

高齢者が参加

 市民の人たちが企画,運営,作品づくり・ガイド役まで非常に熱心に携わっていることが評価されて,06年度に「国土交通大臣賞」,07年度にはサントリーの「地域文化賞」をいただきました。

  現代アートというと若い人が好きかと思いますが,地域で展開すると,高齢者の方々が喜んで来てくださるところがおもしろいと思いました。もしかして21世紀のアーティストの一つの役割は,市民の人々が上に乗っかって,何らかの表現活動ができるようなプラットホームをつくることなのかもしれないと思っています。新しい芸術と社会の関係を考えた時,こうしたコミュニケーション誘発型のものが,コミュニティーで今,日本中で展開されています。