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2009年9月18日(金)第4,271回 例会

風景に刻まれた日本人の心 関西の景観を考える

牟 田 口  章 人 氏

朝日放送(株)報道局
局次長プロデューサー
牟 田 口  章 人 

1950年1月31日生まれ。’74年朝日放送入社。以来,報道記者としてニュース取材に当たるとともに,文化財担当として,独自の歴史観で数々の番組を企画・制作している。

 関西で報道の仕事に携わって35年になり,何が発信できるのか,考え続けてきました。関西は日本の心のふるさとで,歴史がすべての景色,プライベートな美術館のお蔵の中にあります。再来年,デジタルのハイビジョン時代を迎えますが,文化財は一番向きます。朝日放送は,関西にある国宝・文化財の大体9割を10数年かけてハイビジョンで収録,アーカイブスになっています。デジタルハイビジョン時代には,本格的にご家庭にお届けできるようになります。私がとりわけ感動したものを,映像を見ながらお伝えしたいと思います。

滝そのものが神

 2004年に熊野古道が世界遺産に指定された時に,記念番組を作りました。那智の滝は,それ自身が神です。なぜだと,不思議に思っていましたが,行くごとに素晴らしいものだと分かってきました。

  この130m余りの滝の上から撮影をしたいと,交渉を重ねました。最初は全然相手にされませんでした。世界遺産で,その記念の時だけということで,神職以外は登ることができない禁足地に分け入らせていただきました。

  その時は本当に恐かったです。上に登ると130m下が直角に近いので,せり出して体が落ちそうになってしか下が見えない。昔は飛び降りてあの世にいった人もいっぱいいたという聖地ですので,身の引き締まる思いで撮影させていただきました。

  立ち入らないということで守られた中に,屋久島よりすごい原生林を見ることができました。多分,樹齢が2千年ぐらいだと思うのですが,こんなに大きい杉が那智勝浦に林立しているのです。今までテレビで紹介できなかったし,見ることができなかった。

  7月,ここで夜までいることができ,本当にびっくりしました。新月でしたが,この谷,山全体が光るんです。ヒカリダケというキノコの一種がほんの1日か2日だけ,梅雨明けの日の新月の時に,山が光るぐらいに開くんです。日本というのは本当にすごいと,感じることができました。

  いろんな本を読んで,行き当たったのが「古事記」「日本書紀」です。その中にこんなことが書いてあります。この滝からはちょうど熊野灘が見えますが,それを反対側から見ますと,山と山の間の谷筋に那智の滝が見えるんです。ある一点,ある角度からしか見えない場所があって,そこから見ると滝が光り輝いて,西日の中に黄金色に見えます。

  日本書紀,古事記にこういう話があります。神武天皇が熊野灘を舟で渡っていると,山に輝く不思議なものが見えた。上陸して山に入り,那智の滝を発見したという記述です。その後に日本を一つの国にまとめていくというのが日本神話で,その始まりの一つの真実を見たように思います。

  残念なのは,神社を孤立させた不幸な時代が明治の初めにありました。その時,原生林を明治政府が許可して伐採させてしまったんです。それで,原生林がごく一部にしか残っていないのです。

環境に合わせた看板を

 次は景観で,最近とても感動したことがあります。私どもは,京都の御所と離宮,合わせて54万平方メートルのところをすべて撮影する許可を得ました。今,番組を制作中です。

  ここは「月の桂」と言って,昔から月の名所です。何回も通っていくと,その月を愛でるためにどれだけ細かい演出がされているか,昔の人たちの考えてきた心,演出を見ることができます。垣根の向こうに桂離宮の庭園,その前に田んぼがあります。この田んぼは全部,宮内庁が買い上げた国有地です。戦前,桂離宮の周りは瓜畑と田んぼに囲まれた地でした。この窓の向こうにお百姓さんが田んぼを耕し,そして刈り入れをする姿を,昔の宮様が愛でた。その景色を楽しむため,わざわざここに渡来のビロードの布を張った額縁を作って,景色を愛でている。

  その向こうに住宅街,例えば2LDKとか1DKのマンションが建ったらどうなるのでしょうか。もう最悪ですよね。だから,戦後にそうなることをいち早く気がついて,何年もかけて田んぼを買い上げた。それで,この美しい景観が今でも伝えられているのです。

  残念なことに,周りは住宅街です。ここにラーメン屋さんがあって,「真っ黄」で「真っ赤」の看板が見えるんです。何とかして欲しい。私は一言,言いたい。日本人だったら,せめて緑に変えるか,環境に合った看板にして欲しい。そうしなければ,日本人が皆で守ってきたものが,ぶち壊しやでと言いたい。

  桂離宮には,隠されたものがあります。あの庭園,一つ一つ区切られた世界は一首の和歌になっています。それを感じ取って欲しい。新古今集に,有名な和歌があります。「薄く濃き野辺のみどりの若草に跡まで見ゆる雪のむら消え」。宮中に仕える貴族女性で,17歳で亡くなった天才少女の和歌です。薄く濃い野辺のみどりの若草が,このちょっとした数十坪の空間に演出されています。

  ここを全部,芝生にしてしまえば楽かもしれないけど,和歌を感じ取ることができる人たちが,変わらぬ昔を維持しようとしていると感じるわけです。

ノーチェンジも必要

 我々はもちろん変革もしなくてはいけないのですが,関西の人間としては,千年変わらぬ昔を次の世代に伝えていきたいと思います。オバマさんが「チェンジ」と言いましたが,こと関西の景観に関しては「ノーチェンジ」です。今少なくとも残されている景観を,次の世代に伝えていきたい。そのためにテレビというものによって,この感動を分かち合える一つの大きな担い手になりたいと思いまして,これからも取材を続けていきます。