静岡県沼津市出身。早稲田大学在学中にミス東京。卒業後東京都歴史文化財団職員を経て「NHKニュースおはよう日本」のキャスターや大河ドラマの語り,教育テレビ「NHK短歌」,「日本の伝統芸能鑑賞入門」など多くの番組の司会,語り手,ナレーションなどを務める。一方,語り芸術家として舞台やテレビで活躍中。語りの世界に新境地を開き,高い評価を得ている。
私の職業は文芸作品を暗記して,舞台などでドラマティックに伝えることです。朗読も行っていますが,有名な文章はやはり暗記していたほうが,いつでも・どこでも・誰にでも,ここだという時にすぐに伝えられるので,なるべく暗記するようにしています。
例えば「源氏物語」は千年紀ということで各方面で語らせていただいたので,その冒頭を申し上げましょう(源氏物語の冒頭の部分を語る)。
源氏物語はもともと書いた言葉で,しかも宮中の話とあって,主語が抜け,敬語がたくさん出てくる難しい文章です。でも,内容は簡単です。(冒頭部分は)「いつのときでしたか,女御や更衣といったたくさんの女性がいらっしゃる中で,帝がたったひとりの女性を寵愛されたために,ほかの女性たちは,自分こそはと思っていたのに,『何なのあの人』と,嫉妬心がめらめら燃え上がっていました」という意味の内容です。
まさかそんな出だしとは,高校の時,いくら訳文を読んでも感じなかったのですが,大人になるとよくわかります。すごいつかみをしましたね,紫式部さん。
「語り」の特徴は,語り手の発した言葉から,聞き手がその内容を想像してイメージを作り上げて完成させるということです。
例えば,私が「そこに一輪の花が咲いていました」と語ったとき,150人の皆様がいらっしゃったら,150通りのお花の姿を想像されると思います。ご自身の好きな花,今朝,道端に咲いていた花,好きな絵画に描かれている花,旅先で見た花,色々でしょう。150通りの花が瞬時にイメージの中で咲き誇るということになります。
物語を語った場合,登場人物の顔かたち,着ている衣服,衣装の質感-どんな布か,着物なのか洋服なのかを言わなければ,どちらかを想像されます。つまり,150人のお客様がいらしたら,150通りに演出された物語が瞬時に出来上がるのです。
実はここまでは,朗読も同じ作用を持っています。けれども,もう1つ,語りならではの特徴があります。
語りというのは,たとえ誰が書いたものでも,また,ほかの人から聞いたものであっても,それを自分の心に一旦刻み込んで,自分の心の表現として,伝え手の意思に基づいて声に出していくことだと思います。
目線は本に落としているのではなく,会場に向かっていますので,お客様の雰囲気を感じ取って,次の言葉を発することができます。もしかすると人間には,科学では解明されてない,肌から出てくるような魂の波動みたいのがあるのではないかと思うことがあります。それを感じ取りながら,また,次の言葉を伝えていくということを自然と繰り返しているということが,舞台を経験して分かりました。
私は声で言葉を伝える仕事をしていますので,声だけでなるべく多くのことを伝えられるように訓練を重ねています。けれども,皆様の前で語らせていただけばいただくほど,人間は声だけで伝えていないと感じます。先ほどの波動の問題もそうですが,何か対面しているとき独特のコミュニケーションがあるということに気がつきます。
考えてみれば日常生活でも,声が穏やかでも目に涙がたまっている,ひざの上で握り締められたこぶしが怒りに震えている,くやしさに震えているといったことがあると思います。人間は全身のいろんなところで色々な表情を出していて,人によっては,それが声の音色や言葉に出てこない人もいる。
私は(電子メールなどの)情報技術(IT)の世界がとっても好きです。けれども,実は対面して直接全身の表情を伝え合う方が伝わる情報量が多く,結果的には非常に効率のいいことになると感じることがあります。
対面して伝え合う基本的なコミュニケーションは昔からあったことで,つい最近まで健在だった。そして,この何年かで急に希薄になってしまった。姿,形を見せないコミュニケーションがすごく増え,特に子どもたちはそこから入る子が多いので,まさか人が死ぬとは思わずに,(人を傷つける)言葉をメールで打ってしまう。
これからの時代の子どもたちは姿・形を見せないコミュニケーションが当たり前になってくるので,やはりその部分(対面してのコミュニケーション)を積極的に取り入れたほうが良いと思います。
芸能の歴史をさかのぼると,「平家物語」が語りの原点だと言われます。けれども,もっと広い意味での語りというものに目を向けると,それは古代にさかのぼります。
古代には紙はもちろん,文字すら少なかった。大事なことは,皆が語り伝えていました。例えば語り部という職業まで作って,国の歴史を語り伝えさせました。その中に稗田阿礼という,とても上手な語り部がいて,大勢の語り部が話すおもしろいところを自分で組み立て直し,儀式の折などに暗誦していた。それを太安萬侶が文字にしたのが「古事記」だといいます。民間でも,子どもの安全や安心を願って,河童を持ち出し,「夜の暗いところで水に近づくと河童が足引っ張るからね」などと言って,教育したわけです。
こういった歴史を知ってから,私はただ文芸作品を伝えるだけではなく,現代とマッチしたエピソードなどがあったら,それを一緒に語り伝えるようにしているところです。